2-6 しゃぶしゃぶ会・後編【side 霊弥】

 残り二十分を切った頃。

 早弥さやおれは、そろそろ肉を食う気でなくなったが……。


「んじゃ、牛肉二十皿ね」


 寳來ほうらいこもの食欲は相変わらずであった。

 この台詞の通り、牛肉二十皿を頼むほどである。

 もう一度言う。残り二十分、牛肉二十皿。


「えぇ……ぼく限界……まだ食べられるの?」

「ヨユーですよ。ま、無理しないで下さいね」


 こうして見ると、早弥が少食のように思えてしまうな……。

 一方、隣の眞姫まきろうは、というと。


「お前はどうなのか? 腹は」

「そうですね……いつもはこのくらいで抑えるんですけど、どうせ食べ放題なら、もっと食べようかな、と」


 いつもは、腹八分目に医者いらず、なのか。

 それとも……いや、皇女ひめみこである眞姫瓏に限って、それはないだろう。

 慌てて首を横に振った。


れいさん、甘いものはお好きですか?」

「……えっと」


 返事に困った。

 どうして突然、そんな話に……。


「なんか、そんな話をしていたような……気がしたので」

「………」


 飲み物のときか?

 俺は白ぶどうとしか言わなかったが……よく気付いたな。


「ちょうど私も食べようとしていたので。一緒に行きますか?」


 席を立とうとする眞姫瓏を、二度見。

 ……ついて来るのか?

 その眞姫瓏の腕をつかんだのは、寳來。


「……変なこと話さないでよ」


 耳打ちの言葉を一瞬だけ拾った。

 言葉の意味は全くもって不明。

 何かまずいことが……?


「う、うん。大丈夫だよ、お兄ちゃん」


 何なんだ、一体……。

 不用意に聞くのは間違っている、分かっていても気になる。


 うつむき加減の眞姫瓏を時々振り返りながら、スイーツバーに向かう。

 とりあえず、せいしておくか……。


「……ワッフルには、やっぱりアイスとココアパウダーですかね?」

「俺はな」


 と言いつつ、次々と皿にデザートを盛っていく。

 制覇にはまだ遠い。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 ……気づけば皿は三枚目。

 流石に三枚も持てないので、一度席に戻った。


「うわっ、糖分過多で死にますよ」


 真菰に引かれながら。

 もちろん、糖分過多ではない(と信じている)量である。


 そして制覇。


「食べきれるんですかー?」

「うるさい。食えるか否かじゃなくて食うんだよ」

「霊弥くん、それ……」


 目の前の大量のデザートと向き合いながら、苦笑する。

 制覇とは言ったが、取りすぎたか……。


 ただし隣の眞姫瓏は、さっき肉食べてただろ、とツッコミたくなるほどのペースで食べ進めていた。この細身で……。


「霊弥くん、あのね? その年齢でそういうことしてる、ってことは、そういうことだからね?」


 指示語が多すぎて全く意味が分からない。

 そういうこととは、そういうこと? は?


「あーね」


 寳來は理解しているらしい。

 なんで今ので理解できるんだ……。


「あ、そういえばさ」


 早弥が話題転換。助かった。


よう掃討特そうとうとく務部むぶたいって、どんなことするの? っていうか、入ったら、変わることある? 制度とか」


 それは聞いていなかったな。

 心の中で呟く。


「えっとね、まず給料は、任務先や功績にもよりけりだけど、標準で、一体につき千円かな」


 なんか給料の感じ、バイトの時給みたいだな……。

 まあ、倒した妖魔が強ければ強いほど、給料が上がるんだろうな。


「制度か……えっと、ほうしゅうに近いけど、まず宮中の近くの土地の譲渡、戦闘服と武器の専属職人、宮中への出入りの簡略化、エトセトラ」


 お、おう……。

 とにかく、色々と報酬があることは分かった。


「なんか、よく分からないけど、スゴいね」

って? ここまで説明してあげてるのに?」


 自分の説明にも自信があるのか? ちょっと自信がありすぎやしないか?

 思わず声に出しそうになったが、喉の奥でこらえた。


「まぁ、妖魔掃討特務部隊に入隊した場合、君津こことの二拠点生活になるけど」


 ……あ、そういうことか。


 宮中の近くの土地に家を建て、住環境を整える。

 普段は学業を優先してここに住み続けるが、臨時の際はもう一つの家に向かい、そこで張ることができる。


 高校生という身分上、仕方がないことを配慮してくれたわけだ。

 自信家でも、気を遣えるやつだから出世したんだろうな……。


「え〜! 超嬉しい!」

「入隊するもんね。合ってるよね?」

「うんっ」「ああ」


 訓練を頑張る必要があるな……。

 剣道経験者といえど、稽古はかなりキツい。式神しきがみを相手に戦うのは、いくら雑魚でも難しかった。


 実際の戦場なんて、比較にならないほどキツいだろう。

 相手は、式神ではない。妖魔、つまり凶暴なやつらなのだ。


「……はぁ。おれ、別に入るのは早弥さんだけでいいって思ってんだけど」


 ……親睦会という名の通り、相手のことを知ることはできた、が。

 真菰との、相容れない存在という肩書きはとれなかった。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



「久々のしゃぶしゃぶ美味かった〜」


 店を出ると、むわんとした蒸し暑い気温が頬を濡らしたが、心地良いくらいに涼しい風が乾かした。


 寳來の間延びした声が、夜の宅地にだまする。


「ねー美味しかったね」

「眞姫瓏さん途中からデザートしか食ってなくて草でした」

「何その言い方」


 三人が固まって歩き、早弥は彼らと一、二歩離れた場所に、俺は数歩距離をとっている。


「この蓄えも、帰りに消える」

「悲しい事実です」


 さっきまで気づいていなかったが、家に帰るわけだから、ここからまた六、七キロを歩く必要があるんだよな。

 遠いな。


「迷わないでしょ。ここの大通りに出たら、あとはひたすらに一本道」

「楽すぎません?」


 車やバイクでの移動なら全然難しくないが、徒歩で考えると結構だ。

 いつも車で行っていたから分からなかった。


「ま、おれと霊弥ってやつ以外は大丈夫じゃないですか? 


 真菰の、べつするような憎らしい視線が送られる。

 視線の絡む場所に火花が見えた。


「懲りないねえ。そんなんやってると、内部崩壊して敵に攻め入れられて、いよいよおうこくも終わりになるよ?」


 第三者のような寳來の言葉に、腹が立つ。心底面白くない。


 真菰も、不愉ふゆかいそうに口元を歪める。

 その目付きのケダモノ感にひるむ様子もなく、寳來は「ごめんて」と言った。


「ていうか、真菰は何で霊弥が嫌いなの?」

「ウジウジしててボケーッとしててひょうひょうとしていて、まどろっこしいし面倒だからです」


 すっげえ言われようだ……。

 全て自覚していたことだが、やはり他人から言われると、精神的にくる。いちいち真菰は言葉が強いんだよな……。


「ったく、んなことな──」

「全肯定する」

「え?」


 寳來の言葉をさえぎり言い放つ。

 俺は実際そんなやつだから、否定する余地がないのだ。


「卑屈で言い返さないかと思ったら、キッパリですか……なんか色々、よく分からない人ですね」


 昔から言われていたことだから、今さら傷つくことはない。

 ずいぶん前に自覚していた。


「……霊弥って、結局どんなやつなの?」

「さぁ。弟の僕にも分からないことたくさん」

「弟さんでも分からない……ふ、不思議な方ですね」

「意味不明すぎて嫌いでーす」

「うっさいな。いっぺんその口縫わせたろか」

「事の発端になった霊弥くんが言わないでくれる?」

「お前弟だからって何でも言っていいわけじゃないぞ」

「どうせコミュ力のせいで負けるくせに」

「じゃあ勝負しよう」

「りょーかい」

「「「え? え? え?」」」


 こうして夜はけていった。

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