1-4 嵐の前の静けさはどこに【side 早弥】

 ……ふわぁ……嫌な夢を見ちゃったなぁ……。

 ……え? 急に人が変わった?

 当たり前でしょ! 【sideサイド 早弥さや】ってそこに書いてあるんだから!


 簡単に自己紹介すると、さっきまで語り手だった小鳥遊たかなしれいの双子の弟。


 メタ発言はここまでにして、早速話に入ろっか。



 ベッドから起き上がって下を見ると、もう布団が綺麗に畳まれていた。

 まさかと思ってリビングに行くと、霊弥くんがお弁当におかずを詰めている。


 ……ポカーン。

 そんな擬音語がつきそうな感じで、ぼくは立ちすくんでいた。


「……何してるんだ早弥」

「いや、早ーって」


 よく考えれば、現在時刻なんて午前五時を回っていない。

 僕は夢を見たせいで目覚めちゃっただけ、いつもはもっと遅い時間に起きる。


「まあいい。炊飯器六時に設定してるから」

「ん。はーい」


 とりあえず、てきとうにスマホを確認。

 退部してからも縁がある友達とのグループチャットで、何か話に動きがないか見てみる。と、③と付いていた。


 何かあったようで開くと、


【早弥って何で退部したんだろ】

【何でだろうね】

【とりまおやすみ】


 退部……。

 その言葉が胸に刺さって、思わずスマホをスリープする。


 別に、部活動が嫌になったわけでも、部員といざこざがあったわけでも、怪我けがしたわけでもない。

 けれど、何だか少し、その気分じゃなくなった。


 弓道部での活動は好きだし、普通に楽しい。

 けれども、中三の終わりから、楽しいんだけど、何だか物足りなくて。

 言葉にするのが難しいけど、うーん……。


 何だか、違う。しっくり来なくて、自分は本当に弓道を全力でやりたいのかなって思って、それで退部した。

 けれど、他のみんなに知られたくなくて……そんな思いが筒抜けになるのは嫌だったから、そのことは話していない。


「……早弥、ふりかけ何がいい?」

「ん……混ぜ混ぜわかめ」


 素っ気なく答え、メッセージの下書き欄に文字を打とうとして、やっぱりやめる。

 起きてから一時間以上経っていたのに気付かなかった。双子は沈黙にも心地良さを感じるといううわさは本物なのかな。


「できたよ」

「ん、ありがと」


 食事中に会話をしないと、気まずさを感じることがある。

 でも、僕はあまり感じない。霊弥くんが常に黙っているから、沈黙に対する抵抗感が麻痺まひしたんだと思う。


 何なら霊弥くんなんて、朝飯のとき喋んないし。

 寡黙オブ無口こんなひとと十五、六年も一緒にいたら、沈黙なんて慣れますっつーの。


「お前、昨日の話覚えてる?」


 ……前言撤回。喋るんかい。

 それはそうとして、昨日の話って……。

 妖魔がどーのこーののやつ? と目で合図する。いや目で合図って……って思うかもだけど、これでも通じるんですね。


 ちなみに双子の皆さん、自分たちは違う……って思っても大丈夫です。僕たちは世間一般の「双子あるある」でできてます。


「覚えてんか」

「お・ぼ・え・て・ま・すっ。僕の記憶力を舐めないでくださいっ」

「お前の記憶力を舐めるつもりはないけど、あの話、どう思った?」


 舐めてないんだ。

 霊弥くんが真剣な表情でこちらを見てくる。その目が僕をじっと見つめ返してくると、少し緊張する。


「うーん、正直、妖魔とか五龍神田くんとか、あまり信じられないかなぁ。漫画やアニメの中の話みたいだし。でも、ちょっと気になるかも」


 霊弥くんは無言で頷くけど、どこか考え込んでいる様子だ。

 ……いや訂正。この人は常に何かを考え込んでいるんだった。


「でも、五龍神田くんってどんな人なんだろうね? 実際に会ったことがある霊弥くんはどう思う?」

「……普通の人間とは違った。なんか、すごく強い雰囲気を持っていた。でも、彼が言っていたことは本当に信じられない」

「へ〜。だからこそ、僕たちも何かできるかもしれないと思うんだ。妖魔が本当にいるなら、放っておけないよ!」


 霊弥くんは眉をひそめた。


「早弥、お前、そんなこと言って、無理に関わるつもりなのか?」

「うん、やってみたい。もし本当に人を守れるなら、やらない理由はないじゃん!」


 バン! と思わず机を叩く。霊弥くんは一瞬舌打ちをし、少しイライラした様子で言った。


「でも、妖魔との戦いなんて、俺たちにできることじゃない。普通の高校生が関わって、どうなるか分からないだろ?」

「確かに危険かもしれないけど、何もしないでいるのはもっと怖いよ。霊弥くんも、実際に五龍神田くんに会ったんだから、彼に話を聞いてみればいいじゃん!」

「それはそうだけど、慎重に行動したい。無理をして、危険な目に遭うのは嫌だ」

「分かってる! でも、まずは五龍神田くんに連絡してみよう。彼に話を聞いてみたいんだ。何か手がかりが得られるかもしれないし」


 霊弥くんは少し考え込んでから、ため息をついた。


「分かった。でも、慎重に行動するべきだ。無理はしないでほしい」


 え、そんなあっさり引き下がるの。珍しい。

 本当は……心の中では、やってみようとか思っていたんじゃないの? とは言わなかった。言ったら飛んでくるのは……拳だから。


「もちろん、慎重にはするよ! でも、やってみる価値はあると思うんだ」


 朝食を終え、僕たちは互いに目を見合わせた。自分と同じで違う碧眼へきがんが、僕を貫く。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 時刻は流れ流れ、午後四時。田舎とも都会とも呼べぬ道を、霊弥くんと一緒に歩く頃。

 同じ制服の人はほとんど見えず、そもそもの歩行者もほとんどいなかった。


 そりゃ、都心から一歩出れば車社会ですから。

 そういう意味で学生は「だるい」んですねえ、はい。だって、車の免許、持てないから。


「……早弥、今日、数学の宿題結構出てたけど、大丈夫か?」

「うーん……わっかんない。霊弥くん教えてね」


 数学脳がうらやましいなぁと呟きながら、信号が青になるのを待つ。

 ……数学?

 あれ? リュックに入れたっけ?


 不意に不安になり、慌ててリュックの中をあさると──。


「……あ」

「どうした?」

「な……な、ない」


 いつも宿題で使うノートと、問題集……学校に置き忘れた。

 明日の朝っていっても、慌ただしいしね……今から取りに戻ったら、間に合うかな。


「ちょっと取りに戻ってる! 霊弥くんは、先帰って」

「分かった。後でな」


 青信号になり、横断歩道を渡る霊弥くんに手を振りながら、僕は来た道を走って戻った。

 学校までは、そう近くない。

 ただ、走っていけば、間に合うかな。


 よく考えれば、このとき──数学の宿題を取りに戻るという、軽い気持ちで走っていた。

 どうして、昨日の話を覚えていなかったんだろう。


 空気を切る音がして、不意に右に振り向く。

 何の音だろう……?


 そのとき。


 ブシャアアアアア!!!

 一瞬、何が起きたか、分からなくて。

 焼け付くような感覚と奇妙な虚無感。まさかと思って、右腕を見ると──。


「!?」


 な……何これ……!?

 鎌で斬ったみたいな形の傷から、血が出てる……!?

 いや、血は出てない……ううん、出てるんだけど、吸われたみたいに、ない!


 鎌? 生き血を吸う? 何それ……。

 でも、分かること。


 焼け付くような感覚がしたのは、斬ったときの摩擦で熱が生まれたから。

 だとしたら、相当な速度で斬った計算になる……。


 一体誰が……ううん、何が!?

 周りに何かがいる!? 怖い怖い……!!


「……その動揺っぷり、昨日のやつとは違うようだね」


 どこからか、男とも女とも呼べぬ、けれども凛とした声が聞こえてきた。

 ハッとして斜め上を見る。

 ……細長い、蛇のような姿をしたものが飛んでいた。

 それは、空中で何度も回転しながら落ちて行って──人型になった。

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