1-5 あやかし【side 早弥】

「っ……」


 人型になったものを、まじまじと見る。

 あさいろの着物。

 紺色こんいろはかま

 青みがかった長い黒髪。

 分厚いうるしりのぼく

 背中から生えた三対の翼。


「大丈夫!? 怪我……」


 慌てた声。でも僕はそれより、彼の──いやどっちだろう──顔をまともに見て、思わずつばを飲み込んだ。

 だって、その人が……見目みめうるわしかったから。

 見目麗しい、なんてずいぶん古風な言い回しだけど、そうでないと言い表せないくらいだったもん。


 深海のように深い青色の瞳が、僕をとらえる。

 ぼうっと、吸い込まれるような気がする。

 それこそ、水鏡のような──。


「……意識は大丈夫そうだね」


 その一言で、ハッと我に返る。

 い、意外に結構、見てたんだな……あはは。

 それにしても、まとう空気が神聖というか……言い表せない、幻想的で神秘的な感じ。


「結構深めにえぐられてる……下手に動くと余計に悪化してた」


 僕の傷の近くを見ながら言う。声からするに、僕と同じくらいの年の男の子なんだろうけど……どうなんだろう。


「少し痛いかもだけど、すぐ楽になるから」


 彼は僕の傷口に指を重ねると、なぞり出した。

 ……っ……い、痛い……。

 何だろう、傷口が消毒液とかに触れてる感じ──。


 ……、あれ? 痛くない?

 その傷口──ん? 傷はどこ? ……、ない。


「……え?」

「はい、終わり」


 彼は指を離すとそう言ったけど、僕の傷口はやっぱりなかった。痛みも消えてる。

 どういうこと?


「あ、あの……」

「ん?」

「ど……ういうこと……?」

「……へ?」


 彼は目をしばたたかせて、それから少し、首をかしげた。


「どういうことって……何が?」

「え? あ、いやその……」

「……もしかして、俺が何したか分かってないの?」


 僕はコクンとうなずいた。分かるわけないでしょっ。

 すると彼は軽く額を押さえたあと、フッと微笑んで言った。


「そっか。じゃあ説明するよ」

「は、はい!」


 思わずかしこまってしまった僕を見て、またクスッと笑った彼。

 顔は幼さを感じるけど、態度が僕より歳上……? 何ていうか、同い年の人の態度ではない。


「今俺が行使したようりょくは〈治癒ちゆのうりょく〉っていって、傷病を音速で治す妖力。かすり傷なら、痛みを感じる前に怪我を治すことも可能なほど。俺が持ってるのは強力なもの。ただし完全に壊死した細胞は修復不能」

「……?」


 いっぺんに説明されて、キョトンと見上げる。

 すみませぬ。……どういうこと……?

 これがヨウツベだったら、音声にエコーがかかっていたかな、と意味不明な想像をする。


 で、目の前の子は。

 理解できずキョトンとする僕を見て、キョトンとしていた。


「え、まさか……ここまで説明しても、〈治癒能力〉が分からない?」

「……ふぇい……」


 注意、ふぇい=はい。

 さっきの言い方から察するに、この子にとっては、そういう超人的な能力とかも、当たり前なんだろうな……。

 じ、次元が違う……。


「分からないかぁ……」


 よほど説明が難しいんだろうな……。

 頑張って理解……うーん、うーん……。


「あ、じゃあさ、あんた、〈あやかし〉って知ってる?」

「あや、かし……?」


 あやかし……なら、分からないこともない。

 妖怪ようかいの別称かな? いや、海の妖怪を指す言葉とも聞いたことある……。

 ……曖昧あいまいですっ。


「え、分から──」

「ちょっとやそっとくらい分かるべさ!」


 彼の言葉をさえぎって言い放つ。

 思わず房総弁になっていたことに、気づいていない。馬鹿かな僕。


「訛るんだ……」

「訛っちゃいました」


 彼はそれから軽く笑って、そうだね、と呟くと、解説してくれた。


「まあ……何ていうか……〈あやかし〉っていうのは、人ならざるもの、かな。例えば……さっき俺が使った〈治癒能力〉もそう」

「へ?」

「だから、俺は人じゃないんだ」

「え? え? でも君──」

「人間じゃない」


 彼はまた、同じ言葉を繰り返した。そして、さらに続ける。


「……って言いたいけど、ちょっと違う」

「??」


 人間じゃないけど、ちょっと違う? え、え、どういうこと?


「半分人間、半分あやかし。亜人……さらに分かりやすく言うなら〈半妖〉に分類される」


 ……あー、半妖ね。……あー、半妖ね……。

 …………うん。


「はい?」


 僕は首をかしげる。

 聞き間違いかな……?

 だって僕、あやかしとか見たことも聞いたこともないし、そもそも存在の有無は否応いやおうにも自然に気にするものじゃないの?

 もちろん、あやかしはいるよ、と言われたら、ああそうですかってなるけど、いないと言われたら、まあそうでしょうね、となる。

 だから、半妖なんて言われても、はいそうですか、とはならない。


「あ、やっぱり分からないんだ」


 彼の顔が、徐々に影のあるものに変わっていく。

 顔が綺麗な分か、それだけで、ぞっとするほど恐ろしく。


「名前だけ言っておく。……五龍神田寳來」


 そう言って彼──五龍神田くんは、黒く微笑む。


「これ以上説明しても、凡人の君には分からないだろうから──とぶらって、事は全て伝える」


 ヒラヒラと手を振って、僕に背を向ける五龍神田くん。

 かと思えば、舞うように一回転し、銀と青翠の鱗の龍の姿になって、中空へ消えていく。


 ……半妖と言うだけある。

 でも、彼の力は、僕の想像の域を超えていたんだけど。

 まあ、それに気付くのは、後の話。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 片道三十分。即ち、往復で一時間かけて帰宅。

 挙げ句、道中のご一件があって、帰る頃には辺りがすっかり薄暗くなっていた。


 飲食店が多く建ち並ぶ大通りは、車通りも多い。

 レストランに和食屋が二ヶ所、これらは同じ系列の店舗。

 回転寿司にラーメン屋、業務用スーパーに牛丼屋。

 その向こうには銭湯とうどん屋。


 その照明が暗闇を照らして、目に悪い光を放つ。

 これが通学路かよ……と思う。


 携帯を取り出して通知画面を見る。

 思わず携帯を、落としそうになった。

 送り主は、霊弥くん。


【早よ帰れ早弥】

【家に人外三人来た】

【内一人は寳來】


 ……寳來くん、これはどういうことですか。

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