1-6 急なお客様【side 早弥】

 いざ家に帰ってみると、確かに玄関には、知らない靴が、三人分置いてあった。

 二階から、わずかに話し声が聞こえてくる。

 向かって扉を開ける、と、


「……あ、今日の」


 りゅうかんくんが居た。ずいぶん爽やかないでたちだった。

 彼が首を振るたび、一つ結びにした長い黒髪と、さりげない銀色の星の首飾りがれる。

 いつ見ても、慣れないねえ、その見目みめうるわしい顔。

 ついでに首筋。


「……え、どういうこと?」

「初対面の人が三人もいるって、あんたの社交性のなさが原因じゃないんですか? それとも、誰からも誘われないから家に引きこもってたんですか? とにかく、初めましてじゃなくて『初めまして、自分の人生はどうなってるの?』って言った方がいいかもしれませんね」


 ……え、え、ひど。

 こんな毒舌家いるんだ……。


 初対面の二人のうち一人、濃い紫の髪をハーフツインにしている少女? の言葉に、ぼくは少したじろぐ。

 顔は幼いし背も低いから、一回り歳下なんだろう。

 にしても、口悪すぎでしょ。ご立派な毒舌だよ。

 あと、お隣の兄を見て。こっちの方が人付き合いひどいから。


「馬鹿。初対面にそんな態度はあるまいな」

「はぁ? なんでおれが」

「はぁじゃなくて……ごめん、うちのこもが」


 どうやらこの子は真菰という名前らしい。

 そして、おれ、という一人称により、この子が男の子であることも判明。知らんけど。


「あ、いや、別に。……えと、僕は小鳥遊たかなし早弥さや。よろしく」


 僕が名乗ると、真菰くんは、少し驚いたような顔をした。


「え? 男なの?」

「あ、うん」

「ショートヘアの女かと思った。でもまあ、よろしくお願いします」

「うん、よろしく」


 僕の顔は女の子っぽくないかと。

 そんな言葉が浮かんできたけど、口にはしなかった。名前は少なくとも、女の子っぽいし。早弥、って。


「あ、正直に言うと、早弥さんの存在はちょっと面白い。声も男っぽくなくてウザいし、ヘラヘラしてるところ、なんか腹立ちますね」

「……うん」


 ショタボイスをディスられる。

 愛想笑いもディスられる。

 ディスり上手の真菰くんだよ。


「いや、傷ついたらすいません。でも面白いですよ。あなたは弱すぎるから、面白がられるくらいがいいんじゃないですか?」


 失礼も程があるがな。


 ……一応『僕は傷つきました』アピールをしておいたのに、どうやらウザそうな顔をされただけだった。

 まあ、確かに、たかがこの程度で傷つくような僕じゃない。


「あのー、そろそろ自己紹介していいですか」


 五龍神田くんの後ろにいた女の子が、長い桃色のツイテを揺らし、苦笑いしながら言う。

 この部屋、男ばっかだけど……一人だけ女の子?

 まさに紅一点こういってん


「あ、ごめん。どうぞ」


 僕が言うと、彼女は綺麗に一礼してみせた。

 ……僕はこっち派です!


「五龍神田眞姫まきろうです。よろしくお願いします」

「あ、はい。よろしく」

 

 彼女のいちごいろの丸い瞳が輝く。この子は、美しい、よりは、かわいい、って言葉が似合う。

 着ている服も、そうだもんね。かわいい。


「で、何でうちにいるんですか?」


 僕が訊くと、眞姫瓏ちゃんはにやりと笑った。


「あ、わたしね、寳來ほうらいの双子の妹なんです。お兄ちゃん、あのこと、なんで言わなかったの?」

「言わなかったって、だってお前……」


 眞姫瓏ちゃんは、五龍神田くんの腕に抱き着いて言った。

「あのこと」、のひとことで通じるようで、二人はうなずき合っている。流石は双子。

 僕も双子なので、霊弥くんとはよく通じる。

 目を合わせただけで、何となく、何を考えているか分かるんだ。


「え?」

「あ、いや、まあ、それはいいんですけど。……で、何でうちにいるんですか?」


 このことを問うのは二回目。さっきの受け答え、成立していないんだよね、草すぎる。

 何でいるのかっていう理由を聞いていたけど、眞姫瓏ちゃんが自己紹介してさえぎったからね。

 悪気はないんだろうなあ。


「とぶらう、って何か知ってる?」


 えっと……とぶらう……訪れる、だったかな?

 うーん……曖昧あいまいだ……。

 あ、ディクショナリー、ジャパニーズディクショナリー、イコール国語辞典。

 ……しゃらくせえんだよ!!!(心の中の早弥)


 とぶら・ふ 【訪ふ】

 他動詞ハ行四段活用

 活用{は/ひ/ふ/ふ/へ/へ}

 ①尋ねる。問う。

 出典古今集 秋上

「秋の野に人まつ虫の声すなり我かと行きていざとぶらはむ」

[訳] 秋の野に人を待つ松虫の声がするのが聞こえる。私を待っているのかと、出かけて行って、さあ、尋ねてみよう。

 ②訪れる。訪ねる。訪問する。

 出典奥の細道 大垣

「そのほか親しき人々、日夜とぶらひて、蘇生(そせい)の者に会ふがごとく、かつ喜びかついたはる」

[訳] そのほか親しい人々が、夜も昼も訪ねてきて、生き返った人に会うように、一方では(私の無事を)喜び、一方ではねぎらってくれる。

 ③慰問する。見舞う。

 出典竹取物語 竜の頸の玉

「国の司(つかさ)まうでとぶらふにも、え起き上がり給(たま)はで」

[訳] (大納言を)国司が参上して見舞っても、起き上がることがおできにならないで。

 ④探し求める。

 出典平家物語 一・祇園精舎

「遠く異朝をとぶらへば」

[訳] 遠く外国の例を探し求めると。

 ⑤追善供養する。冥福(めいふく)を祈る。

 出典平家物語 五・福原院宣

「その後世(ごせ)をとぶらはんために」

[訳] その死後の冥福を祈るために。◇「弔ふ」とも書く。


 ……長えんだよ!!! 辞書の説明って無駄に説明が長い!!!

 要は「訪れる」の古い言い方だね!!! ね!!?

 ……あ。


「まさか、訪れるって……」

「そう。ね、俺は真実しか言わなかった。どういうことか分かるかい?」


 五龍神田くんが、口角を上げる。その笑顔の恐怖度といったら、ありゃしない。

 だってね、双子の妹ちゃんが、横で引いているんだもん。ドン引きだよ、顔真っ青だよ。


「……でも、今日中なんて聞いてない!」

「そりゃ、言ってませんからねっ!」


 真菰くんが言い、彼は両手を広げて、ため息をつく。


「ちなみに、帰り時間とかは気にしなくていいですよ。実家の権力があるので」


 実家の権力って……どんな家よ……。

 もしかして三人とも、超絶的な大金持ちの生まれ?

 ここには御曹おんぞうれいじょうが合計三人もいるの?


「……分かったよ。俺がここに来たのは、俺の前のすみおうきょうについて話すため」


 五龍神田くんのポツリとした声が、よく聞こえる。


「……あの、れいもおいで」


 部屋の端で蚊帳かやの外だった霊弥くんも、ため息をつきながら寄ってくる。いつ名前を教えていたのだろうか……。



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