二:華の訓練生活

2-1〈あやかし〉と〈妖魔〉【side 霊弥】

 りゅうかんは口を開いた。

 先ほどまであいわらいを浮かべていた彼が真顔になり、一気に空気が重さを帯びてくる。


「そもそも〈あやかし〉とは〈てんの星〉という星の生き物……」

「要は、異星人です。竹取物語の天人に似てるかもですね」


 ……あやかしって……異星人だったのか……。

 恐らく一概にそうとは言い切れないのだろうが、大抵のあやかしは、その〈天華の星〉の生き物なのだろう。

 では、目の前の三人もか──。


「そこの大陸の大国……おうこく皇子みこおれろう皇女ひめみこ。俺たちは半妖。こもせっしょうの子息。現皇帝こうていは、俺の母親」

「おい五龍神田、情報量が多──」

寳來ほうらいでいいよ」


 五龍神田──改め、寳來が、俺の言葉をさえぎる。

 というか……摂政って……何だっけ?

 ああ、そうか。女帝じょていや幼い君主の、政治面での後見人だったな。……合ってるか?


 えっと、情報を整理すると、こうか?

 寳來は皇子。多分、次期皇帝。こいつの方が頭良さそう。

 眞姫瓏は皇女。兄が跡継ぎなので、多分本来はみ子。

 真菰は摂政の子息。将来的には寳來の摂政……いや関白かんぱく

 完全に俺の偏見へんけんが入ってて草。


「桜雅国って国があるんだね」

「そう。……追いつけてる? 話」

「何とかだな……」


 日本史を得意とする早弥さやならまだしも、受験生時代から社会が苦手だった俺には難しい。

 日本史の平安時代の学習内容だって、もう詳しくは覚えていない。

 藤原氏があーだこーだとしか覚えていない。終わったな……。


れいくんは日本史苦手だもんね〜。近代史とか平均点以下連発してたし」

「うるせー。お前も数学は万年平均点以下だろ」

「うるしゃ〜い!!」


 前回の中間試験もそうだろ……と呟きながら、寳來に向き直る。

 真面目な顔をしていた、と思っていたが──。


「っ……」


 腹を抱えて笑いをこらえていた。いい加減にしろ……。

 さっきまで真剣な表情をしていたから、落差が激しくてこちらも笑う。


「じ、じゃぁ……っ……も、っと簡単に話すね……っ……ははっ……」


 どんだけ笑ってんだこいつ。

 隣の眞姫瓏と真菰も……あ、ダメだ。笑っている。

 こいつらの笑いのツボが分からねえ……。


「そこには宮廷があるんだけど……その組織の中に……よ、《よう》っていうのを倒す……妖魔掃討そうとうとく務部むぶたいってのがあって……」


 妖魔掃討特務部隊? ……そのまんまか。

 妖魔を掃討するという特務を行う部隊だもんな。……覚えらんねえ。


「そこの……隊長が……俺なんね……」


 いや笑いすぎだろ……というツッコミは、さておき。

 とにかく寳來は、妖魔掃討特務部隊長らしい。なんかとにかく偉いらしい。


「ちなみにだけど、妖魔って?」


 早弥が挙手する。


「数十年前ほど前から、あやかしの世界線で猛威を振るっている化け物のことだよ。手の打ちようがなくて、迷信に近い民間信仰でしのいでいた時期も多い。ちゃんとした官営かんえい組織がつくられたのもここ数年の話」


 寳來の隊長としての経歴も浅いらしい。

 そりゃ、こんな若者が結構な経歴を持っている方が不自然だ。皇子といえど、国政に携わり出したのはここ最近のことなのか。

 ということは、その部隊自体の規模も小さいのか?


「《妖魔》には色々あって、鬼やあやかしと勘違いされやすいけど……妖魔はあやかしをも襲う存在なんだ」


 だから、あやかしの朝廷で掃討部隊がつくられるのか。

 なら《妖魔》は、朝敵──朝廷の敵。


「この紙って……そういうことか?」


 とっさに、ついこの間もらった求人の紙を取り出す。


『あやかしも人間も襲う《妖魔》を倒す人、募集中』


 隊長として、自分の部隊の規模を拡大したくて、俺に渡した──。

 でも……誰でもよかったのでは?


「寳來、何で俺と早弥なんだ?」


 あやかし並みの能力があるわけではないし、実力もない。

 俺たちのような高校生より、大の大人の方が向いていたはずだ……。


「まず霊弥については……断片的な《幻操能げんそうのうりょく》があったから、かな」

「「《幻操能力》?」」


 早弥と言葉がかぶる。

 《幻操能力》?


「そう、《幻操能力》。生き物の意識を乗っ取って操作したり、幻覚・幻聴を感じさせたりするんだ」


 そんな能力、自分にあるわけない……。

 そんな、危険な、野蛮な能力……。


「確かに、霊弥くんが悪夢を見る夜は、家族の誰かも悪夢を見るもんね」


 早弥ー!!

 いや、早弥の言っていることは、合っているのだが、合っているのだが……。


「《幻操能力者》にはよくあるよ。ただ霊弥は無意識っていうか、まだ妖力不足で制御ができないけど……」


 なるほど、だから悪夢を見る頻度も不定期なのか……その能力が発動する時間を、今の俺では操作できないんだな。


「できるようになれば、うなされた敵を絶望の底に落とせるんですよ〜」


 ただし真菰の言っていることは怖い。

 極力、精神を傷つけないで戦いたいな……それに。


『何かあったら一緒に行こうよ、霊弥くん』

『妖魔を倒すところに決まってるじゃん!』

『暇じゃないけど、霊弥くんがそんなこと言ってるの、ちょっと面白いと思ったから』


 早弥の思い……だもんな。

 俺も、今は同意しているかもしれない。


「早弥は……《きょう制能せいのうりょく》じゃない?」


 まーた意味不明な言葉が……。

 それにしてもこの小説、固有名詞多いな……ってメタいか。


「だねぇ」

「んま、寳來さんが『そう』と言うなら『そう』なんじゃないんですか?」


 いや、《凶制能力》の説明をしろ……。


「戦闘員の士気を高める一方で、あやかしや妖魔のきょうぼうじゅうを防ぐ能力だと思う。まだ弱いし、操作できないみたいだけど」


 ……漢字のまんまか。

 俺が悪夢を見せるのと同様に、早弥にもそれをほのめかす何かがあるのか──。


「あーね。行事のときの謎の盛り上がり、《凶制能力》のせいだったんだ」


 それより理解が早すぎて怖い。

 今のを、たった数秒で理解して、思い当たる節を見つけたんか早弥おとうとは。


「これも訓練すれば、かなり強力なものになると思う」


 そりゃそうだ、と心の中でツッコむ。

 訓練して弱まるものがあるものか。そんなの、幼児でも分かる。


「あーと、で、寳來くんたちは何の能力を持ってるの?」


 再び早弥が挙手する。

 確かに寳來たちは、何の能力を持ってるんだ……?


「俺が《けつのうりょく》で」

「私が《しょうのうりょく》……で」

「おれが《治癒ちゆのうりょく》でぇす」


 一個一個説明するんだよ。


「い、一個一個説明してくれるかな……?」


 震えた声で早弥が言う。

 俺の言葉を代弁できるのは、双子の片割れとして生まれた早弥ぐらいだ。


「見せた方が早い?」

「な、なら、私は辞退させて……!」


 眞姫瓏だけが実演をせず、寳來と真菰が見せるようだ。

 でも、名前だけでは想像がつかないな……。


「ねえ、竹刀しないを貸してくれる?」

「「え?」」


 竹刀? と俺たちは首を傾げる。

 どうして急に竹刀が登場するか謎だが、とりあえず、壁際に置かれていた竹刀を、彼に手渡す。


「見ててね」


 竹刀の弦と柄を握りながら、寳來は息を吐く。

 すると、何たることか。竹刀が、あかい液状のしぶきに包まれながら、見るみるうちに、刀身の赫い真剣しんけんに変わっていく。


「す……すご……」

「自分の血で、物を作れる。もちろん、武器も」


 《血武能力すごいもの》を見た。

 そして、赫いしぶきは宙を舞いながら寳來の手に戻り、いつしか見えなくなった。体内の血管に戻ったのだろうか。


「おれの《治癒能力》は、漢字のまんまですよ」

「あー知ってる!」


 突然、早弥が挙手。

 意見がスパッと言えるタイプって、こういうやつ……だよな。


「怪我とか、すんごい早く治すやつでしょ!?」

「おっ、知ってるんですか? でも、そんなこと言ってるけど、あなたの知識はまるで小学生の宿題レベル。もっと自信持っていいですよ、だって誰も期待してないから!」


 真菰の口の悪さは相変わらずらしい。口が悪い、というよりは、毒舌に近いかもしれない。


「私の《衝波能力》は、本当に軽い衝撃波とかでも、《妖魔》をぶっ飛ばせちゃう……そんな能力です」


 ……今までに紹介した能力の中で、最も怖いかもしれない。

 そりゃ、実演もできないわけだ。家が吹っ飛ばされる。


 とりあえず、全員の能力については、把握できた。


「てなわけで、次回は自分の能力を知って、軽めに実戦!」


 寳來、メタいし怖い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る