1-3 五龍神田寳來、参上【side 霊弥】

「何話すんだ……」

「怖いことは言わない。怯えなくて大丈夫」


 そういう彼が怖すぎる。怯えなくて大丈夫、なんて言われても、安心できるわけがない。彼が怖すぎて。

 おいで、と手招きする彼を無視して、


「で、何なんだ」


 と話をうながす。

 彼は腕を組み直すと、横髪をいじり出した。


「まず、おれの名から教えようか。俺はりゅうかん寳來ほうらい


 ……は?

 えっと、何だ? 名前が……五龍神田寳來? 流石に長すぎやしないか?

 これを覚えろ? 明日には忘れていそうだ……いや、断片的に記憶して、出てこないパターンだな、これ。


「夕方、君が襲われていたようは、最近ここらで目撃されている厄介やっかいなやつだ。君みたいな普通の高校生には手に負えない」


 からかうような上から目線の物言いに、思わず舌打ちする。

 気付かなかったが、彼の身長は思ったより低い。俺より十センチは低いだろう。


「何が言いたいんだ」

「君、実はちょっと特別な感覚を持ってるんじゃない? れいとか、ようとか。俺には分かるよ?」

「知らねえ」


 結局何が言いたいんだ、こいつは。

 そもそも、霊気とか妖気とか、何言ってんだ。厨二病なのか? だとしたら相当頭がイカれてる。悪徳商法でもしていそうだ。


「詳しく説明するのは面倒だから、興味があったら自分で調べてみて。実は仲間を探してるんだ」

「仲間?」


 思わず聞き返す。後ろの二人は、すました笑顔でうなずいている。

 で、あいつらは何なんだ。


「妖魔を倒すための仲間さ。あやかしも人間も襲う妖魔を倒す人、募集中だよ。君も一緒にやってみない?」


 ……本当に何を言っているんだ。意味がわからない。


「無理」

「いいから、これを受け取って」


 そう言いながら寳來は、紙を渡してきた。

 毛筆で書かれているのかと思ったほどの達筆。そこには、かなり堂々とでかでかと、文字が書かれていた。


『あやかしも人間も襲う〈妖魔〉を倒す人、募集中』


「……俺には関係ない」


 紙を丸めようと折り曲げながら言う。寳來は散臭さんくさい笑顔を浮かべたまま、飄々ひょうひょうと答えた。


「興味があったら、気軽に連絡してみて。君には、まだ知らない力が眠っているかもしれないから」


 そう言う寳來の腕が、頬が、銀と青緑のうろこおおわれていく。

 一陣いちじんの風が吹いたと思ったら、次の瞬間には、彼らの姿は見えなくなっていた。どこにも見当たらない。


「待って……!」


 そう叫んでも、もう誰も何も出てこない。

 俺は、丸めようとした求人の紙を見る。


「『あやかしも人間も襲う〈妖魔〉を倒す人、募集中』……?」


 妖魔って、今日、俺がこの目で見た……あいつのこと?

 あやかしも人間も襲う……? 倒す……?

 不意に下へ文章をたどったとき、衝撃的な言葉を見た。


おうちょうていのみ……五龍神田寳來? 何だこれ……」


 恐らく書かれているのは、差出人。そして、差出人は寳來だが……。

 桜雅朝廷皇子、だと……?


「桜雅朝廷って……皇子?」


 桜雅朝廷って何だ……?

 そして、皇子ってどういうことだ……?


「あいつ、皇子なのか……?」


 何度かその言葉を口にしてから、俺は帰途きとについた。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



「お帰り霊弥くん。遅かったね」

「……ただいま」


 玄関の扉を開けると、部屋着を着た早弥さやが、腕を組んで壁にもたれていた。

 彼は彼で、常時ヘラヘラしている。


「どうしたの? その紙」


 俺が手に持っていた求人の紙を指差して言う。

 はぁ、とため息をついて、てきとうに紙を渡す。


「何々? ……は?」


 先ほどまで笑っていた早弥の表情が、一瞬で曇る。

 ショタボイスたる高い声も、低くなっていた。

 だろ、と目で合図する。


「妖魔を倒す人? 意味分かんない。妖魔って何そもそも」


 当然と言えば当然である。

 早弥は今のところ、妖魔に遭遇をしていない。信じられないのも当たり前だろう。

 一先ず、今日起きたことを話すことにした。


「……これで全てだ」

「え、何その作り話みたいな」


 珍しい〜と言いながら、早弥は天井を見上げる。


「霊弥くんって、そういうちょうじょうげんしょうとか信じないでしょ?」

「……まぁ」


 軽くうなずくと、早弥は口元を押さえて笑い出した。


「霊弥くんらしくな〜い」


 ケラケラと笑う早弥の頭に拳骨げんこつをぶち込む。

 ゴツンという鈍い音が廊下に響く。


「いった!」

「お前が色々冷やかすからだろ」

「だって、そんな話信じられないもん」


 高校一年生とは思えないせつな返事に、笑いそうを通り越してあきれる。

 当人は、そうとも思っていないようだが。


「信じるか信じないかは別にして、俺は本当にあったことを話してるんだ」

「でも、妖魔とか皇子とか、どう考えてもフィクションじゃん」

「……そうかもしれないけど」


 早弥の反応に、心の中で少しいらちが湧く。

 俺の体験がどれだけリアルだったか、彼には理解できないだろう。


 早弥は再び求人の紙を眺め、眉をひそめた。


「でも、これを見てどうするつもり?」

「……分からない」

「え?」


 俺は黙り込む。言葉が出てこない。早弥はその反応に驚いた様子で、目を丸くしている。


「霊弥くんがそんな曖昧あいまいなの、初めて見た」


 その言葉に、少し心が痛む。普段は白黒つけるけれど、今日の出来事は本当に衝撃だった。

 ……お前はいつも通りのお調子者だな。そんなこと言ってる場合かよ。

 でも、早弥が笑い飛ばすのも無理はない。俺の状況がどう見えているのか、彼には理解できないのだろう。


「……俺はただ、何かが起きるかもしれないと思っただけだ」

「何かって、異変とか?」

「それ以外に何があるんだ」


 早弥の笑い声が少し和らぎ、真剣な表情に変わる。


「じゃあ、何かあったら一緒に行こうよ、霊弥くん」

「……行くって、どこに?」

「妖魔を倒すところに決まってるじゃん!」


 その言葉に、思わず苦笑いがれる。


「お前、ほんとに信じてるのか?」

「信じてるよ! 面白そうじゃん、RPGみたいで」

「……お前、そんなに暇なのか?」

「暇じゃないけど、霊弥くんがそんなこと言ってるの、ちょっと面白いと思ったから」


 早弥のその言葉に、少し顔をしかめたが、いや、と首を横に振った。


「じゃあ、もし何か起きたら、教えてやるよ」

「約束ね、霊弥くん!」

 

 まあ、こんなこと言ってるお調子者の弟と一緒にいるのも、悪くないかもしれないな。

 早弥は昔からあんな性格だから、気にしたこともなかったが……。


 今回ばかりは、違うかもしれない。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 俺は、しょっちゅう悪夢を見る。

 精神状態が不安定になりやすいのか、一週間に何度かは悪夢を見る。


 その内容も様々で、獣に喰い殺されかけたり、どこかへ落とされたり、延々と追いかけ回されたり。

 目覚めて時計を見ると、夜中の一時や二時なんていうことがよくある。


 だから日中はいつも寝不足だ。

 口数が少なかったり、少し怠惰な人間に見られやすかったりするのは、そういうのが関係しているのだと思う。


 これは根拠がよく分からないが、俺が悪夢を見る夜は、家族のうち誰かも悪夢を見た。

 宿泊学習のときなんて、一緒に寝ていた班員が全員同じ悪夢を見る、なんていう奇妙な事件も起こった。


 悪夢を見せる存在から、夢魔むま呼ばわりされたこともある。だが、夢魔はいんを見せる悪魔なので少し違う……。


 とにかく自分は、悪夢をよく見る。そして、俺が悪夢を見ると、他の人も同じ悪夢を見るのだ。

 一体何が起きているんだか……。


 そんなことを考えながら、俺は布団に入った。

 ……二段ベッドの上からの、早弥の寝言を聞きながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る