2-13 対応には困る【side 霊弥】

 古風な服を着たえいたちに囲まれながら、おれたちは試験会場に向かっていた。

 先ほどから眞姫まきろうの顔が浮かない。


「眞姫瓏?」


 ぼんやりしていた眞姫瓏に声をかける。

 まさか話しかけられるとは思わなかったのか、眞姫瓏は肩をすくめて、俺を見上げた。


「へっ……は、はいっ、なんでしょう!?」

「さっきからボーッとしてるが、大丈夫か?」

「え、ええ」


 取りつくろうような眞姫瓏の笑顔を見た護衛たちがうつむく。

 何か知っているのか。


「一。眞姫瓏に何かあったか?」


 護衛のひとりに問いかけると、彼はため息混じりに答えた。


「すみません。にょりょうちょう……後宮のかしらに、これは口外してはならないと言われておりまして。我らは地位が低いので逆らえないのです」


 国政に関わる機密情報だったら、まあ、口外してはならないのも分かるが。

 流石にこれ、そんな情報か……?


「お前らでは手を回せないのか? 皇帝こうていは?」

「え……と、それは皇子みこ殿でんいていただけますと幸いです」


 寳來ほうらいに訊け、と?

 目線でたずねたつもりだったが、護衛の一人は「ひっ」と声を上げた。


 よくあることだった。

 目つきや表情が早弥さやに比べてけわしいので、目線で何かを伝えようとするだけで、皆が「にらまれた」と勘違いするのだ。

 これがまた、友を数名減らした。


「……二。何なんだこの格好は」


 和装であることは、まだ許す。が、何だ、この和装新郎のような衣装は。

 これから試験を受ける格好……というより、冠婚葬祭かんこんそうさいに、和装で行くときの格好。


「それも皇子殿下にき……」

「何も知らされていないのか?」


 地をうような低い声で言い放つと、護衛が全員短い悲鳴を上げた。何なら数名、腰を抜かしていた。

 流石にやりすぎたと思い、目の端を下げる。


「わたしたちは試験会場までは同行しますが、中には入れないので」


 護衛がにゅう殿でんの手続きを進めている間は、残りが説明した。


「会場には俺だけで?」

「ええ」


 特に心配することはなさそうだが、それよりも……。

 眞姫瓏の視線が地面を彷徨さまよっている。


「眞姫瓏、何かあったのか?」

「……いえ、大丈夫です。お気遣いなく……」


 彼女の言葉が一瞬止まる。

 その視線の先にいるのは、後宮の女官にょかんたちだろうか。何か言いたげな目線を眞姫瓏に送り、すぐに視線を逸らした。


「霊弥さんは……試験に集中してください。私は平気ですから」


 眞姫瓏の微笑みは作り物だったが、それ以上追及するのはやめた。

 人の心に勝手に踏み込むのは、互いに不快だと知っている。


 すぐそばを歩く護衛を一瞥いちべつしたが、困ったような顔を浮かべるだけだった。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 試験会場。


 天井の高い和室だった。吹き抜けというか、席から外が見える。

 庭はいわゆる枯山水かれさんすいで、この部屋には合っているが、平安時代風の宮廷とは不釣り合いだった。


 周囲に座っているのは、人ではない。人外だ。


 狐狸こり犬猫いぬねこの類いなのだと分かる者もいるが、分からない者もいる。

 人はそれぞれ違うというが、あやかしもまたしかりなのだな、と思う。


 中には、人型でさえない者も多い。獣人の中でも、いわば《獣》の割合が多いというべきか。


 俺の隣に座っているのは、奔雷ほんらいという言葉が似合う青年。黄金の髪は逆立っている。

 頬に刻まれた模様通り、何となく電気を感じた。


 青年は、俺のかおかたちを見て言った。


「お前、妖気をほぼ感じねぇわ。見た感じ、色以外変わったとこもないしな。俺の方が上だな!」


 初対面だよな? と一瞥する。そこにかすかの怒りでもあったのだろうか、青年は途端に顔を青くして、後退あとずさりした。


「うわ、怖……」

「雷神様の端くれをこーするとか……」

へいみてぇだ……」


 ……皇帝って、そういう感じの怖い人なのか?

 というかこの青年、雷神の端くれなのか……どうりで、奔雷って感じの見た目なわけだ。


「か、勘弁しろよォ。ち、ちーっとからかっただけ……だよなァ……?」

「からかわれるのは不愉ふゆかいだ」

「ゆ、許してくれ! この通り……」


 はぁ?


 ただの人間が、雷神の端くれに土下座されるという謎の状況に、あたりがしんと静まり返る。

 もっとも、一番混乱しているのは俺なのだが。


「別に大して怒ってはいない。謝れるのも好きではない」

「えっと……お、おれ、どーしたらいいんだ……?」


 いや、何事もなかったように、普通にすんと、そこで座っていれば何よりなのだが。

 冗談で人をからかうのも好き、でも誠実なやつらしい。ややこしいやつだ。


「べ、別にお前さんを侮蔑したわけじゃァ、ないからな!」

「分かってる。それに俺は、そういう言葉には慣れている」


 学校で言われ続けた言葉だ。


 ──『弟に比べて陰気なやつだな』

 ──『友達を減らすにはぴったりなお人柄で』

 ──『この前、縁切り神社の札にお前の名を書いたよ! あはは!』


 この悪口を聞いてきたためだろうか、もう俺は、自分への悪口に対して、何の感情も湧かなくなった。

 さっきのも……彼が単に勘違いしただけ。


 まあ、目つきも表情も険しいし、笑いのつぼも浅くないし、趣味自体が少ない上、喋るのが苦手なたちだった。そんな俺が一瞥したら、怒っていると思われるのも、まあ、自然な話である。


 つらくはないな。


 と、前の方の襖が開いて、いかにも官吏という服を着た男が入ってきた。試験監督だろう。


「全員、準備を整えろ」


 場の空気が一瞬で変わる。


「なおこれから、一切の妖力の使用を禁ずる。使用した場合、失格として、試験会場からの退場をうながすぞ」


 俺は、自分自身では妖力をほしいままにできないのだが……それは無論のこと、例外だよな?

 そう言う前。ざわついた会場に響いた声。


せいしゅくに。しゅくせいするぞ(消すぞ)」


 会場がしんと静まり返る。嵐の前の静けさという言葉が似合うほどの静かさだった。


 試験監督がゆっくりと口を開いた。


「これから試験を始める。問題用紙は今から配布する。開始の合図があってから開け」


 問題用紙が一斉に配られた。三年少し前に受けた入学試験にふん囲気いきが似ていて、少し、手が震え出す。


「合図が出るまで、誰も問題用紙を開いてはならない。よろしいか?」


 一同がうなずくと、試験監督は続けた。


「開始の合図が出たら、制限時間内に問題に解答しろ。解答は、落ち着いて、焦らずに答えたまえ。なお、制限時間は半刻」


 確か、半刻は一時間だったはず。普通の試験の制限時間だ。問題はない。

 入学試験のときは、もっと短くて焦った記憶がある。


「机上にはすずりすみ、水、ふで、解答用紙、そして開いていない問題用紙があることを確認しろ」


 目線を下にする。硯の中には、すでにられた墨があった。この水は、墨汁が切れたときに使うのだろう。


「──試験開始」


 合図と共に、部屋の中に、紙をめくるいくつもの音が。


 はらりとめくりながら構成を確認する。

 最初は計算、次に理科……と調子に乗ってめくっていたら、その次は古文、歴史と続く。当たり前だが、全範囲だ。


 年号を覚えるのも苦手、古語を覚えるのも苦手。本当に計算問題しかできないのだ。覚えるなんて絶対に無理。


 というか、なんでこんなに記述問題があるんだ……俺、記述問題は過去に数回しか満点をとったことがないんだ……。


 垂れる墨汁と黒く染まる筆、それから絶望の問題用紙を交互に見ながら、俺は数秒、固まっていた。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



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