二:昼夜は永遠に

2-1 結界と劇薬【side 霊弥】

 いたずらに昼夜は繰り返される。

 時が止まるのも、天地がひっくり返るのも、同じくらいに有り得ない。


 早朝から布団を畳み、まくらもとに置かれていたふみの通りの場所に行けば、花木の枝に、白蛇が絡んでいるだけ。

 ……白蛇? やけにうろこが銀白色のような……。


「おはよう、流石は不眠症」

「……はよ、ほうらいおれあおっているのか?」

「別に。普通に思っただけだけど」


 正体は白蛇でなく銀龍で、ついでに寳來だった。


「どうして、そんな姿に?」

「まだかんがいるかなぁって。バレたらクッソめんいし、何より母上の命……天命に背くことになるからね」


 天命に背く。

 その瞬間に、自分の頭と胴体が離れる。あとはごくを見せて、見させられるだけだ。


「俺がいなくなったら、りゅうかん家の跡継ぎも消える。陛下の血が一番濃い分家やらを選ぶしかないね」

「──待て」


 思わず俺は、寳來の言葉をさえぎった。


「……跡継ぎが消えるって、どういうことだ? 寳來の他には、いないのか?」

「いないよ」


 あっさりと答えられ、首を傾げる。そして、眉間にシワを寄せた。

 どうして?


「俺、姉が三人と、妹が一人しかいないわけ。陛下は母上──即ち女帝だから、女が即位してはならない理由はないけど、せんどうかんびゃくも、皇位継承権を拒否した。それに……」


 突然言葉を濁した寳來の表情(龍)は、どこか気まずそうだった。何かあるのか、そんな眼差しを向けると。


「……いや、説明がめんどうくさい。とにかく、俺にしか皇位継承権がないってこと」

「……そうか」


 その三人の姉は、皇位継承権を拒否して、許されたのか気になるが、それよりも気になって仕方ないことがある。


 先ほど、妹の話はされなかった。

 寳來の妹は、双子の妹の、ろうしか有り得ないであろう。実の兄妹であろうし、名乗っていたし。

 では、眞姫瓏には、なぜ皇位継承権が回らなかったのだろうか。


 口を閉ざしていると、濃霧の中から「あー! いたー!」という、非常に聞き慣れた声が聞こえてきた。


「……

「いや、あのさ、みんな霧に巻き込まれて見えなくなってたから、ぼくが──」

「聞いてない。言わなくてよろしい」

「ひどくない!?」


 あくびを噛み殺し、早弥の背後に目をやると、薄紅色の髪の少女と、深紫色の髪の少年が立っていた。

 眞姫瓏とこももそろった。


「……、改め寳來さん。もう官吏はいないと思いますし、こんな濃霧じゃ、千里眼でもないと見えないですよ」

「ん。……じゃなかったねー、真菰」

「からかうのいいんで、話を始めましょう」


 絹のように揺蕩たゆたう雲から、柔らかな陽の光がこぼれ、霧さえも白く輝かせた。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 かんばしく甘く漂う花の香りに包まれながら、銀龍は人へと姿を変えた。


「……俺は、妖魔の行使した術が、何となく分かった」


 思わず目を見開いた。


 妖魔の行使した術が、何となくでも、分かった……?

 それだけの情報でも、十分に価値がある。流石は隊長であり、皇子殿でんだ。


「それは何、寳來くん!?」

「精神干渉だよ。最も近いのは《げんそうのうりょく》かな」


 そう、寳來が告げた瞬間に、早弥の視線が俺へと変わる。それどころか、うたぐるような、警戒するような、そんな猫のような目だ。

 確かに《幻操能力》だが……。


「……ねえ、どういうこと!?」

「知らんがな! 俺も今知った、精神干渉だと。それに、遠距離では意味がないはず。同室や隣の部屋ならまだしも、階や建物が変わればもう効かないはずだ。……そうじゃないのか、寳來!?」


 恐ろしい形相で俺の胸ぐらを掴みにかかった弟を押し返しながら、寳來を見る。口角を上げて、しゅこうしてくれた。


「霊弥の実力じゃ、その程度だろうね」

「ほら言った!」

「あぁ〜もう、うるさいっ! 本気なわけないじゃん!」


 だったら胸ぐらも掴まないんだよ。


「それより、僕さ、ちょっとだけ違和感を感じたんだよね!!」


 突然声を大にして、んなことを言う早弥に、俺はため息をつく。


「僕が泊まったところ、四人家族の家で、家にいる男の子と女の子は、見た目年齢だけ僕より歳下なんだよね。で、でだよ!? その子、急に『都会の人って、妖魔を見たことある?』って聞いてきて……」

「「「「え?」」」」


 ……確かに、違和感だ。

 突然、旅人に、そんな質問をするわけがない。普通はしない。俺たちがようそうとうとくたいの隊員なのは、秘密にしているはずなのに。


「……一体、何が?」

「どんなに考えても、それが全っ然分からないの!! 純粋そうなあどけな〜い男の子の口から放たれたとは、思えなくて!!」


 ……まあ、そうだ。早弥の言葉には納得するしかない。


「日常的に放っているショタがここにいますけどね」

「真菰くんは別の意味で可愛いから大丈夫じゃない?」

「……っ!?」


 さらっと爆弾を投下するなあ、俺の弟……。

 これだから、学校の女子がよくでダコのようになるのだな……。

 そして、よく考えると理屈が意味不明。


「無知は罪……」

「寳來くん何の話!? 戻すよ!? とにかく、何か……何か怪しいわけ!!」


 分かったの、それだけかよ……と、ため息をつく。どうしてだろうか、うちの弟は、そこまでは分かっても、そこからが分からない。

 だから数学の問題が解けないのだな、と一人納得した。


 それにしても、何であいつは偏差値が高いんだ。


「とにかく! この村が怪しいのは確実!」

「それは最初から分かってるよ。妖魔に脳みそをやられたら一巻の終わりだから、脳内に結界張っといて」

「「無理」」


 いつも通り早弥と重なった言葉。寳來は腕を組み、うつむいた。


「……じゃあ、代わりに、やくしゅどんで受注した薬をあげる。代わりに脳内に結界を張れるよ」


 そんな便利な薬があるのか──と思わず口角を上げた瞬間に、ただし、という言葉が続けられた。


「副作用に、全身の肉を剥がされるような激痛が──」

「「本当に飲ませる気?」」


 全身の肉を剥がされるような激痛が……?

 ……想像するだけで痛々しいし、実際はそれより痛いのだろう……。


「……分かった。真菰、二人分の脳内結界、できる?」

「あー、はい……遠距離で。ついでに、人間二人だと、ものすごくようりょくしょうもうするんです。起きれなくなるので、責任とって下さい」


 その後、俺たちに脳内結界を張った真菰は、寳來の元で寝かせられ、回復薬を投与されたそうである。

 そして、その夜は、俺しか悪夢を見なかった。

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