2-2 何も知らない【side 早弥】

 二日目の午前中。

 朝餉あさげに定食を頂いた後、さんが「一応、知っておいてほしい場所がある」とのこと。


 途中で道草をしたりをこねられたりしたら大変なので、りょうへいくんとようちゃんは家に、佐和子さんとぼくなつだけが家を出た。


くん、その三毛猫ちゃんは?」

「……今、ボクのこと、ちゃん付けし──!?」

おすの三毛猫の、夏目っていうんですよー。めずらしいし、可愛いですよねー」


 やや、いやかなり棒読みだったけれども、夏目の可愛さに免じて、大目に見ましょう。怪しまれることでもない。


「あら、そうなの? 男の子なのね」

「はい! しかもね、人語が分かるんでしょ?」

「いや元々ボク人だし……」


 そうだった。僕とほぼ同い年の男の子だった。忘れてた。


「そうなのね、もふもふで、お目々もくりくりで、可愛いわねー」

「……人間時代のボクを見たら、がくぜんとするだろうなー……あははー……」


 みみもとでぼそっとつぶやいた言葉を拾う。


「どゆこと?」

「え……この世のものかと疑うようなさいだから」


 それはないと思うなぁ……と何気なく返すと、夏目が急に、むすっと顔をしかめて、


「……気づいた方がいいよ」

「え?」

「多分だけどさ、過去に何度も爆弾を落としすぎて、あのきつねの情が、キミに傾いているの」


 あの狐……って、こもくんのこと?

 ……の情が、僕に、傾いている……って、どういうこと?


 首を傾げると、夏目は小ちゃな手で、小ちゃな顔を覆った。


「これだから無自覚は……」

「早弥くん? 行くわよー」


 ずいぶん向こうから佐和子さんの声が聞こえたので「あっ、はい!」と僕は、駆け足で坂道を下った。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 向こうには、うっそうとした森。

 足許には、雑草のところどころ生えた石畳。

 目の前には、苔が生え、文字が風化した、いかにも古そうで、触れるのもためらわれるようなほこらが。


「……ここのこと、ですか?」


 佐和子さんはこくりとうなずく。


「村の神様をまつっている祠だよ」

「村の……神様?」


 うん、そうだよ、と佐和子さんは話を続ける。


「昔、村には、徒党を組みて農作物を荒らす悪しき若者があれ、さる家の小さき子が、えにけるなり。そこに霧がかかりて、悪者は前の見えぬほどに雷に撃たれけり。以降、農作物の荒らさるることはなくなりけり。悪者に雷を落としし神様を、ここに祀れるぞ」

「……?」


 古文……?

 馴染みのあまりない言葉の連続に首を傾げると、佐和子さんは、ふふっと顔をほころばせた。

 さながら、椿つばきつぼみが開くようだった。


「この村に伝わっている古い話さ。まあ、わたしたち──あやかしにとっては、大して長い時間でもないけれども、言葉づかいが今とは変わってしまっている。まとめると──」



 昔、村には、徒党を組んで農作物を荒らす悪しき若者がいた。

 とある家の小さい子は、飢えてしまった。

 そこに霧がかかって、悪者は前が見えぬうちに、雷に撃たれてしまった。

 以降、農作物を荒らされることはなくなった。

 悪者に雷を落としてくださった神様を、ここに祀っている。



 この村に住んでいる方にとって、霧や祠が、何を意味するか。

 肌が、髪が、霧を吸って湿っていく。


 もう一度、ほこらに視線を向ける。

 ところどころに苔が生えていて、文字が風化してほとんど読めなくなっており、触れるのもためらわれるような、そんな祠。

 話を聞けば、ものは違って聞こえるのだ──。


「……神様への信仰心は厚いさ。この神様がいなけりゃ、そう遠くない先祖が飢え死にして、自分たちなんか、存在していなかったかもしれないんだから」

「そう、……ですね」


 石畳に片膝をつけてひざまずき、そっと手を合わせる。

 せいじゃくであって、静寂でなかった。

 風が葉を揺らす音がして。それが続いて。

 膝の湿り気も、気になりはしなかった。


 すぐ近くで咲いていた野花を何本かり、束ね、祠の中に置く。


「早弥くんは、信心深い子だね」

「……そんなことないです。神社でも、鳥居でのおと、ちょうず、二礼二拍手一礼しかやってないですし」


 ちょうぎみに口角を上げると、そうかい? と佐和子さんは、小さく目を見開いた。それから、僕の肩に、優しく手を置いて。


「早弥くんは、自分が思っている以上に、素敵な子だよ」

「……僕の、何を知ってるんですか」


 そうわらった。


 僕が、素敵な子だったら。

 こんなに、申し訳ないとは思わないはず。


「わたしは君の何も知らないよ。ただ、お人好し。でも、それがすごい。褒められても、君はっただけだった」

「……それが、なんですか」


 佐和子さんは、霧の切れ間のそうてんを見上げた。


「……みんなに、頼られる子になれるよ」

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