2-3 龍鬼逢ひて【side 寳來】

 霧で覆われた空を飛び、工房らしき建物の屋根に足をつける。

 ひさしからぶら下がって「たま」と呼びかけた。


「……何? お兄ちゃん……」

「まだきつおん出てる?」


 そう尋ねると、ろうはビクッと肩をすくめて、それから目を伏せてうつむいてしまった。それから、の鳴くような声で、


「……ごめん、なさい。本当、ごめん、なさい」


 と、頭を下げた。


「……言い方が悪かった」

「う、ううん。お兄…… が悪いわけじゃない、から」


 眞姫瓏は《おに》だ。

 性格的な意味ではなく、種族が《鬼》に属する。

 全ての存在をりょうした存在の《るい》を頂点に、《りゅう》や《鬼》、それから《きつね》と続いていく。

 その位が高いほど、強いとされる。


 けれども、眞姫瓏は、そうとは思えないほどに、笑顔がいんうつだ。

 あやかしの中でもずば抜けて強い存在。それでいて、まとうのは光でも誇りでもなく、こんぱくを締め付けられるような、暗い陰だった。


「……珠姫。怪しまれたら最期だ」

「うん……」

「何かあったら、知らない振りをして。無知を装った方が、上手く回る」


 自分たちはあくまでも旅人だ、この村に少し興味があって訪れただけだ、と。決して知られぬように。知られたら、今回の任務が失敗になるだけでなく、さらにせいしゃが増えるきっかけにもなる。

 下手すれば、俺のくびと身体がさよならをする。俺だけではない。一体、何名が処されることだろうか。


 簡単には死なないあやかしにとって、ざんしゅは軽いように感じるが、られた激痛が何年も続くゆえ、人にとっての斬首より遥かに苦痛だ。宮廷では、けいに続いて、むべき罰として知られる。


「……わたし、役立たずだね」

「そんなわけない」

「……万之百に、ちゃんとした助言をもらわないと、何もできない無能だから。……ようそうとうとくたいかんになれた理由、今でもよく分からなくて」

「強いからに決まっている。珠姫ほど強い《しょうのうりょく》は滅多にないから」


 それしかないの、と、眞姫瓏はそう言って口を閉ざした。今にも涙がこぼれそうなほどに表情がくもっているのに、涙はこぼれず、代わりに霧にまれてしまっていく。

 俺でさえ唇を噛んでいると、霧に覆われた向こうから「珠姫ちゃん、ちょっと来て!」というおうなの声がした。


「……トメさん」

「珠姫、呼ばれてるよ。行きな」

「で、でも、話……」

「夜になったら、蛇の姿で向かうから」


 行きな、と。目線で訴えると、眞姫瓏は体を縮こませて、霧の彼方へ姿を消した。



 ✿❀❖*✿❀❖*✿❀❖*



 月のしずくは、霧でぼかされる。


 とうろうを片手に夜道を進むかんを後目に、木の枝を伝っていった。まさか、しょうごくの尊き皇太子が、すぐ近くの枝に、しろへびの姿で絡みついているとは思うまい。

 何も気にせず官吏が通り過ぎたのを確認し、工房の屋根へ下りた。


「……珠姫」


 障子が開けられ、普段と違い髪を下ろした姿の眞姫瓏が、姿を見せた。


「……ねえ、妖魔は、どんな姿だと思う? どんな妖力を持っていると思う? 俺は、少ししか見当がつかなかった」


 問いかけると、眞姫瓏は、ううんと喉をうならせて、何度も口を開いたり閉じたりしてから答えた。


「どうだろう……でも、この霧が、怪しい」

「霧?」


 うん、と。本当なら星が瞬いてるであろう夜空には、残念ながら霧がかかっており、数歩先も見えそうにはない。流石さすがは『きりがくれの村』という名を冠するだけはある。


「この霧を吸うと、胸が、重くなるの。私が……湿気に弱いだけなのかも、しれないけれど、……深めの呼吸を、何度も繰り返さないと、息が、詰まりそう」

「……そうかい」


 えらも肺も持つ自分にはあまり感じなかったけれども、そういうものなのだろうか。確かに、霧なんて水分なのだから、吸いすぎると胸が重くなるのも分かる。眞姫瓏には、鰓などないゆえ。


「……でも、妖魔が、どんな風に、襲うのか、見当、つか、ない、……かな」

「それは俺も。精神干渉かなと思ったけど……なるほど、霧ね……」


 霧は、この村にいれば誰もが吸う。それが原因なら、確かに襲いやすい。視界も奪えるなら、なおさらのこと。


「いや、全然分かんないよね」

「……うん。全然、分からない。予想が、つかない。……単純な妖魔じゃ、ないんだろうな」


 眞姫瓏に、今のところ集まっている情報で考察されることを書いてもらった。


 知能はかなり高い。周到に確実に襲えるほどには。

 そして、いんぺい工作も技術が高い。攻撃や襲撃の予想がつかないところ、証拠を隠すのはうまいといえる。

 あとは。


「……残虐に殺す」


 依頼文を読めば分かる。送り主の泊まっていた隣の部屋、つまり俺が泊まっている部屋からは、ざくざく、という音が聞こえてきたのだ。そして、そこには、ばさみが残されていた。

 和鋏で肉を切られた、と考察できる。


「……万之百、本当に大丈夫なの……? 和鋏で肉を切られたりしない……?」

「その前に気づくし、切られても《のうりょく》で治るし」


 俺は《龍》──位でいえば上から二番目の種族だ。妖魔ごときに惨殺されるほどひ弱ではない。……残念ながら、いろこいになると難があるけれども。


「……そっか」

「うん。なるほど、霧ねぇ……術かける?」

「……うん」


 一瞬だけ人の姿になり、眞姫瓏の額から鼻先をなぞり、気を込める。

 妖力の理屈というのは、半妖である自分も分からない。本当、一体どういうことなんだろう。なんで瞬時にや病気が治るのか、なんで傷をつけずに血液を出せて、それを固めて物を作れるのか、なんで衝撃波を出せるのか、色々。


「……おやすみ。気を抜かぬよう」

「うん。おやすみ」


 蛇の姿に戻り、屋根瓦に巻きつくと、障子は閉じられた。

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【1000PV突破感謝】〈天華星翔奮戦記〉〜双子の少年は妖魔を倒して、仲間と共に成長する〜 月兎アリス/月兎愛麗絲@後宮奇芸師 @gj55gjmd

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