第26話

 その後もひまりとともにショッピングセンター内をブラブラとした。

 途中お昼どうする? という話に何度かなりながらもなかなか決まらず、私は初めてのことで勝手がわからず、結局テナントで入っているファミレスに入店した。


 席についた頃には、午後のニ時にさしかかりかけていた。昼食にはかなり遅めの時間だった。

 向かいの席でひまりがメニューをめくる。 


「あ、これ食べたーい。こういう昔ながらのパフェがいいのよ」

「昔ながら?」

 

 昔の人ではないくせにおかしなことをいう。


「これさ、頼んで半分こしない?」


 お好きにどうぞ、と返す。

 誰かとデザートを分け合って食べるなんてことはしないから、勝手がわからない。


 備え付けの端末でひまりが手早く注文をした。セルフサービスで飲み物を用意する。私が見慣れない機械の前で固まっていると、千尋はもちろんコーヒーですよねとかなんとか茶々を入れてくる。席に戻ってやっと一段落する。

 アイスコーヒーにストローをさすと、私はふと思い出して、カバンから本を取り出した。


「これ、返します」


 以前ひまりに借りた、というか押し付けられたものだ。

 本をテーブルの上に差し出すと、ひまりは口に含んでいた飲み物を吹き出しかけて、口元をおさえながら言った。


「それ、とんでもないタイミングで出すね?」

「返そうと思ってて、忘れてて⋯⋯。でも学校は休みだし」


 連休が明けるまで会わない。どうせ今日会うなら、と思ってカバンに忍ばせておいた。


「で、どうだった?」

「う~ん、なんというか⋯⋯」

「あ~やっぱ、合わなかった? まあ、ちょっと人を選ぶから⋯⋯」

「やっぱりこの男はクズだと思います。なんでこんなのが主人公なんですか? これならむしろ相手側の視点から⋯⋯」

「めっちゃ読み込んでるじゃん。不満出ちゃってるじゃん」

「えっと、その、つ、続きは……」

「まだ本は出てないの。一応WEBで連載してるけど、有料だから……」

「待ちます」

「あ、そう」


 注文した料理が運ばれてきた。

 ひまりの前には、パスタとサラダの乗ったプレート。私の前にはハンバーグの鉄板。ライス。湯気の向こうからひまりがのぞき込んでくる。

 

「肉だねぇ、昼から肉食うねぇ」

「ダメですか?」

「いやまあ、べつにいいけど⋯⋯なんかハンバーグ食らう人の服装じゃないなって」

「どういう意味です?」


 実はけっこうお腹が減っている。

 ハンバーグは大好物とか言うと、笑われそうな気がしたのでそれは言わない。

 さっそく料理に手を付けようとすると、ひまりはスマホを取り出した。


「これさ、写真撮ってミンスタに上げて匂わせしちゃう?」

「誰に何を匂わせるんですか」

「カレシとデートでーすって」

 

 私はそれ以上は付き合わずにフォークに手を伸ばした。「いただきます」と言って付け合わせのポテトを口にいれる。ひまりはしつこくスマホを向けてくる。

 

「じゃあ千尋が食べてるとこ撮っていい?」

「なんでですか」

「ネットに上げたりしないから」

「それはなぜ?」

「それは⋯⋯個人で楽しむため?」


 なにをどう楽しむつもりなのか。よろしくない響きだ。


「そんなふうに一人だけ撮られるのは嫌です」

「えーじゃあさ、このあと一緒にプリ撮ろうよ。ゲーセン行って」

「嫌です」

「嫌ですってすごいな面と向かって」


 自分で撮ったことはないが、どんなものか見たことはある。変に顔を加工されるのは好ましくない。

 渋っていたひまりもようやく料理に手を付け始めた。撮影は諦めたらしい。


「ねえねえ、お肉一口ちょーだい。あーん」


 ひまりは口を開けてみせる。

 私はちら、と見たきりテーブルに視線を落として食事を続ける。


「なにそのリアクション。彼女泣いちゃうよ?」 

「お好きにどうぞ。フォークで切れます」


 プレートをひまり側に少し寄せる。ひまりはぶすっとしながら、ハンバーグの端っこにフォークを突き立てて持っていった。口に入れたあと、自分の皿にあるパスタを巻き付けて、差し出してくる。


「一口もらったから、こっちも一口。あーん」

「大丈夫です」

「大丈夫なんでしょ? はい」


 軽く身を乗り出して顔の前に突きつけてくる。行儀が悪い。

 周りの目が少し気になってしまう。反論するよりさっさと済ませてしまおうと、私は差し出されたパスタを口に含んだ。


「わ~食べた食べた~」


 小さく拍手をする。

 動物園でエサをあげたみたいな、そういうノリはやめてほしい。

 

 お互いメインの料理を平らげた。

 皿を下げられたあと、デザートのパフェが運ばれてきた。アイスクリームにビスケット、バナナにチョコレートがけのホイップ。ひまりいわく昔ながらのパフェ。思っていたより大きい。

 

「どうしたの? 食べないの?」


 ひまりが反対側からホイップをスプーンですくいながら聞いてくる。けれど同時にスプーンでつつくのは、少しためらいがある。


 べつに汚いだとか、今さらそういうことを言うつもりはない。さっきのあーんだけでなく、以前にも缶の回し飲みをして、お互い抵抗のないことは知れている。


 けれど二人で向かい合って、一つのものを食べる。周りから見た絵面は、なんというか⋯⋯どうなんだろう。  

 

 などと考えつつ、私はアイスと一緒にクリームを口に運んだ。おいしい。

 パフェの向こうで、うれしそうにスプーンを頬張るひまりの笑顔が見えた。

 

「ん~幸せ~」

 

 幸せなんて言葉、私には安易に口にできない。したことがない。

 喜びも悲しみも怒りも、一過性のもの。いっときの感情に振り回されるのではなく、感情を観察し、コントロールしなければならない。いつだったか道場の先生が言っていた。


 けれど気持ちは上向いていた。心が弾むような感じがする。口にこそしなかったものの、今私は、幸せだと思った。

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