第27話
「これ思ったより量ある。やば、お腹いっぱいになってきちゃった」
お腹をさする動作をしながら、ひまりはスプーンを置いた。
器に盛られたパフェは、まだ三分の一ほど残っていた。
「きっとカレシが食べてくれるでしょ。ハンバーグもぺろっと食べたし」
食い意地が張っているみたいに言われるのは心外だ。けれど正直物足りなかった。別に大食らいというわけではなく、代謝がいいのだ。今日の朝も家の周りを少し走った。そのせいだ。
私は反論をいれる。
「そういう言い方やめてもらえますか。だいたいなんで私が彼女じゃなくて彼氏、なんですか」
「え~? なんか千尋がカレシって感じじゃん。『私強いですけど?』みたいにイキったりするし」
「それは⋯⋯別にそんな、威張ったりは」
「じゃああたしがカレシで千尋がカノジョがよかった? ほら千尋ちゃん、イイコイイコしてあげるからおいで~」
猫撫で声で手招きをしてくる。
私は無視してスプーンを口に運ぶ。
「言っとくけどお前に拒否権ないから。俺様の言うことはちゃんと聞けよ」
かと思えば腕組みしながらふんぞり返ってくる。
これなら自分が彼氏のほうがまだマシだと思った。
それにしてもどういう彼氏像を描いているのか。そういう系のマンガの読みすぎではないのか。
パフェの底をすくっていると、スマホを取り出したひまりが何気なく言った。
「ていうかあたし、カレシいるんだよね」
「え?」
スプーンを運ぶ手が止まる。
胸のあたりが、どきりとした。
なぜどきりとしたのか、自分でもわからない。
いないと言われたわけでもないし、いてもなにもおかしいことはない。
「写真、見たい? 超イケメンだよ」
スマホを触りながら聞いてくる。
私はパフェの器から目線を動かさずに答えた。
「いえ、結構です」
「まあまあそう言わずに」
べつに見たいとは思わなかった。というか、見たくない。
胸のあたりが、沈むような感じ。幸せ、なんて気分はどこかにいっていた。やっぱり先生の言う通りだと思った。
落ち着いて、冷静に自分を観察をする。
私はなにをそんな頑なになっているのだろう。どういう感情なのか、自分でもわけがわからなかった。
テーブルを睨む私の顔の前に、ひまりのスマホが差し出された。
画面に表示されている写真に視線が落ちる。
「……犬?」
ひまりと一緒に映っていたのは、黒と白の毛並みをした小型犬だった。お互い顔を寄せるようにカメラ目線。つぶらな瞳ながらも、どこか凛々しい顔つきしている。
「そうチワワね。名前マリオっていうの。ぴょんぴょん飛び跳ねるから。イケメンでしょ?」
ひまりは笑いながらスマホを引き上げた。スマホをしまうと、テーブルに頬杖をついて尋ねてくる。
「ねえさっき、一瞬怖い顔しなかった? カレシいるって言ったら」
私は噛み砕いたコーンフレークを飲み込んで、聞き返す。
「⋯⋯私がですか?」
「他にいる?」
私が黙っていると、ひまりはおかしそうにニンマリと笑った。
「あたしにカレシがいたらショック? 仲間だと思ってたのに~みたいな?」
「別に……」
「出た別に」
ひまりはグラスから伸びたストローをすすった。烏龍茶が空になる。
「千尋ちゃんは? カレシは?」
「いません」
「うん知ってた」
間を入れずに返される。
さすがの私もちょっとカチンときた。
「本当は彼氏います」
「は?」
ひまりは間抜け面になった。口半開きの顔に私は続ける。
「いつもはふらふらしてるんですけど、ちゃんと顔見せに来てくれるんです。今日も来る前に会ってきました」
ひまりは無言だった。相づちすらなく黙っている。
「写真、見ます?」
私はスマホを取り出すと、写真を表示させてひまりの手前に置いた。
やはり無言のまま、ひまりは私をじろりと上目遣いした。なにやら怖い顔だ。それからスマホに視線を落とした。
「あらやだ超イケメン! 目が青くてチャーミングね~!」
ひまりはわざとらしくおどけた声を上げた。
声と口元は笑っていたが、目が笑ってない。すぐに口角がおりた。
「なに? 飼ってるの? 彼」
「はい。もとは野良猫だったんですけど」
私がスマホに映していたのはうちで飼っている猫だ。オス。
ひょっこり家の敷地に現れて、私がこっそりエサをやっているうちにいついた。家の中にずっといられないたちらしく、ちょっと隙を見せると外に出ていってしまうが、決まった時間に戻ってくる。
私が叔父や叔母に無茶なわがままを言ったのは、最初で最後かもしれない。叔父は猫に触るとくしゃみが止まらなくなると言っていたが、飼うことを許してくれた。
「なるほどね~⋯⋯猫ちゃんね~⋯⋯」
「いま、怖い顔しました?」
「おい」
「お返しですけど」
「はい、すいませんでした」
分が悪いと思ったのか、ひまりは素直に謝った。さっきの表情は言い逃れできない。
自然と笑みがこぼれていた。彼女も私を見て笑った。
「でもそっか~。お互いカレシがいるのに、こうやって浮気はよくないかぁ」
「まあ、うちは許してくれると思いますけど」
「そう? うちのはキャンキャンうるさいよきっと」
そんな調子で、パフェの器がきれいになったあともしばらくとりとめのない話をした。
思いのほか長居をしてしまった。誰かとこんなふうにして時間を過ごすのは、初めてのことだった。
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