第28話

 会計を終えて外に出た頃には、日が傾きかけていた。

 もともと何時まで、と時間を決めていたわけではない。私が遅くまで外をほっつき歩くことはないので、うちに門限という概念はない。


 けれど平日で言えば、もう放課後になる時間だ。家に帰る時間。だけどなんとなく、まだ解散はしたくなかった。


「ねえやっぱプリ撮ろうよ~。ね? 最後にゲーセン行こ」

  

 そんなことを考えていると、ひまりに袖を引かれた。気は進まなかったが、断るとお別れになりそうだった。私はしぶしぶ承諾した体で、ひまりについていく。

 

 

 

 先ほどうろついたショッピングセンターに逆戻りする。エレベーターでまっすぐ目的のゲームコーナーがある階へ。

 お目当てのプリント機械があるフロアにやってくる。一角には私たちと同じくらいの中高生グループがいくつか集まっていた。

  

「ひまり?」


 私の半歩先をいくひまりの横合いから、彼女を呼び止める声がした。

 近づいてきたのは背の高い女性⋯⋯というにはまだ幼い顔立ちだ。


「あ」

「『あ』ってなによ『あ』って」


 立ち止まるひまりに彼女は笑いかける。


「どうしたのひまり? なんでこんなとこにいるの?」

「いや~ちょっと、いろいろとありまして⋯⋯」


 ひまりがバツの悪そうな顔をする。どこぞで見覚えのある顔だと思ったら、声をかけてきたのはクラスメイトの高塚聖奈だった。

 

「そ、そっちこそなにしてんの?」

「みんなでカラオケ行って、終わって、さっき来たとこ」


 聖奈があたりを見渡す。グループで来ていたのだろう。周りに友人と思しき女子たちの姿が見られる。

 彼女はそこでやっと私に目を留めた。


「あれ? 武内さん⋯⋯? ふたり? ひまりそんな仲よかったんだ?」

「ん~まあ、ちょっと急接近しちゃった、みたいな?」


 ひまりはおどけた調子で返す。

 けれど高塚聖奈はにこりともしなかった。

 

「今日用事があるって、このことだったの?」

「え、えーっと、別の用事があったんだけど。たまたま、こうなったっていうか⋯⋯」


 ひまりの歯切れが悪くなる。一から説明するとなるとややこしい。

 口ぶりからするに、ひまりも誘われていたけど断ったのだろうか。わざわざこっちを優先してまで。 


 けれど今日ひまりがいなかったら、どうなっていたか。

 私はまた、助けられたのか。


「あーひまりがいるー。なんで~? やば~!」

 

 周りにいた子たちも集まってきた。みんなひまりの知り合いらしい。仲よさげに話しだした。

 聖奈がひまりの肩を揉みながら、その中心にいる。なんとなくグループでの立ち位置が見て取れるようだった。


 周囲の騒音のせいで、少し離れると話はほとんど聞こえなくなる。その間手持ち無沙汰にしていると、小さい影が私を見上げていることに気づいた。


 フリル付きのシャツにスカート。髪留め。かわいらしい格好をしている。

 彼女の顔には見覚えがあった。記憶をさぐる。

 体育のバスケで、すばしっこく動いていた子だ。たしかひまりが咲希と呼んでいた。

 

「⋯⋯こんにちは」

「こんにちは」 

 

 小さい声であいさつをされたので、そのまま返す。一応クラスメイトだと認識はされているようだ。

 けれど彼女はそれきり無言だった。なにか言うのかと思ったら、なにも言わない。少し気味が悪かった。あまり人のことは言えないけども。


「武内さんその服、かわいいね」


 横から声をかけられた。高塚聖奈だった。

 バスケコートで対面したときとは違って、温和そうな表情だった。

 

「どうも……」


 なんて返したらいいかわからず、小さくうつむく。

 この服を選んだのは私じゃない。褒められたのは叔母のセンスであって、私が褒められたわけではない。

 そういう彼女も、私と似たような系統のワンピースを身に着けていた。身長とスタイルのよさもあいまって目を引く。


「これからみんなでご飯行こうかなって。武内さんも、どう?」

「あ、いえ、私は……」


 私が答える前にひまりが間に入ってきた。


「あたしたち、さっき食べたばっかりなんだよね。食べるの遅かったから」

「そうなんだ? ふたりは? これからどうするの?」

「ねーねー、てかひまりも一緒に撮ろうよ~」


 聖奈を遮って、後ろから声がする。女子の一人がひまりの腕を取った。

 当初の目的⋯⋯みんなのいる手前、私と二人で撮る、とはひまりも言い出しにくそうだった。

 

 聖奈と咲希の他は、私の知らない顔ばかりだった。もしかすると、みんな同じ学校なのかもしれないけども。

 私一人だけ、場違いな感じがした。実際私だけが、浮いている。


 周りに連れて行かれそうになって、ひまりは困っているようだった。

 この場合、難しいのは私の扱いだろう。私がいるだけで、彼女を困らせてしまう。

 

「じゃあ私は、もう帰るので」

「え?」


 ひまりが私を見た。目を合わせずに、軽く頭を下げる。


「それじゃ」


 それだけ言うと、私は踵を返した。

 そのまま振り返ることなく、ゲームフロアをあとにした。

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