第29話
「おいいい! わかってんのかぁ、そこんとこ!」
あたしが教室にやってくると、千尋の席の前でふんぞり返っている山下がすぐ目に入った。目に入ったっていうか、最近は登校すると、つい千尋の席を確認しちゃうってのもあるんだけど。
休み明けの朝っぱらから、またやってる。けどそんな予感はしていた。
山下のことはガチで連絡先ブロックしたから、あのとき逃げて以来いっさい連絡取ってない。
あたしは来た足でそのまま間に入っていく。
「はいはい、落ち着け落ち着け」
「おっ、来やがったな、おい! お前もだ! オレのことブロックしやがって!」
はーこのノリ、だるいだるい。
こいつはこの一連の件を本気で恨んでるとか怒ってるとか、きっとない。ただ口実を作って千尋にからみたいだけだ。
千尋はどうやらすっかり気に入られたらしい。てかクラスだと目立たないけどふつーにかわいいし。おっぱい大きいし。この前の私服姿にはビビった。一緒にとなり歩くのもちょっと気が引けた。
「だから、なんで逃げたんだよ二人して!」
「いやデートはしたでしょ。休みの日にわざわざ集まって会話したんだから。千尋の私服姿だって見たでしょ? 十分でしょ」
「はあ? そんなんでごまかせると思ってんのか」
思った以上にしつこい。
しつこいっていうか、向こうはこの状況を楽しんでるんだろうけど。なんかにやにやしてるし。こっちは楽しくねー。
千尋はと言うと、無視して文庫本を開いていた。
さすがの千尋も、もうまともに取り合う価値がないと気づいたらしい。
「おい山下、朝っぱらうるせーよ。いつまでもごちゃごちゃやってんじゃねーよ」
そのとき後ろを通りすがった男子生徒が割って入ってきた。
佐藤翔。あたしは去年も同じクラスだった。
不良ってわけじゃないけど、リーダータイプっていうか、発言力がある。
翔くん、なんつって呼ばれて女子にも人気。いわゆる塩顔のイケメン、らしい。身長でごまかしてる感もあるけど。
「おまえうぜーよ。うるせーんだよ」
いつもはスカしてるけど、珍しく口調が強い。いきなり山下と睨み合いになった。
「なんだよ、なんで翔がキレてんだよ」
「は? うぜーんだけど?」
ごちゃごちゃ理由つけるわけでもなく、うざいの一点張り。傍目にはよっぽど翔のほうが理不尽に見えたけど、先に目をそらしたのは山下だった。
ここの力関係、やはり翔が上らしい。
「ちっ、んだよ⋯⋯」
舌打ちをして、山下はいなくなった。
いま一瞬、ちょっとガチな雰囲気になった。今ので二人、軽くケンカみたいになんのかな。ま、あたしはしらんけど。
「なんなのあいつ。なんか最近、揉めてる?」
「いえ、別に」
翔に聞かれて、千尋はそっけなく答えた。
翔に対してこんな口きける女子って、まずいない。翔は苦笑いをすると、あたしに目を向けた。
「ひまり、ちょっといい?」
あたしは人気のない渡り廊下に連れてこられた。翔は急に立ち止まると、振り向いてずいっと距離を詰めてくる。あたしは下がる。詰めてくる。下がる。
壁を背にしたあたしの前に、翔が立ちふさがった。
「何? 山下とデートしたんだって?」
いきなりなにを言い出すのかと思えば。
なんか変なふうに伝わってる。山下のアホが適当なこと吹いて回ったのかも。
「は? してないっての」
ここは強気に返す。
翔がやけに真面目な顔をしていて、なんだか飲まれそうな気がしたから。
上目遣いに見上げると、翔の腕がゆらりと動いた。伸びてきた手のひらが、あたしの顔の横の壁を叩いた。
驚いて両肩がびくっと上がる。
「本当?」
顔を近づけて聞いてくる。近い。
⋯⋯え、急になにこいつ。
「⋯⋯なんのつもり?」
「壁ドン」
翔は笑いながら壁から手を離した。
そんなのリアルでやるやつ初めて見た。
本人はギャグのつもりなんだろうけど、やられるほうはびっくりする。てか面白くもなんともない。
「だからなんであたしが詰められてんの。もしデートしてたらなにって話。お前はあたしの彼氏か」
「いやいや、わかってるでしょ? いつも言ってるじゃん」
変に顔が引きつりそうになる。
なんというか、厄介なノリになった。
なんか知らないけどこいつは⋯⋯あたしのことが、好きらしい。
ってのは、「好きです、付き合ってください!」みたいに正面からコクられたわけじゃないんだけど。
やっぱ好きなんだよなーとかって、話してるときにしれっとはさんでくる。
やり口が汚い。
いっそはっきり告白されれば、「いやちょっとないっすね」って断って、それで終わりなんだけど。
ずっとこういう状態だと、終わりがない。あたしがOK出すまで、ずるずる待ってるみたいな。
もともとなんとも思ってなくても、そうやって言われると、その気がなくても嫌でも気になるようになっちゃうっていうか。
だからこんなふうに直接攻撃してくるのは珍しい。これも山下のアホのせいか。
「やっぱひまりは、俺と付き合ったほうがいいと思うけど。そしたら、山下なんかにちょっかいかけられることなくなるし。てかかけさせねーし」
ひゅーかっちょいー。
けどそのとおりになるんだろう。パワーバランス的にも。
でもそれはそれで、また別の恨みを買いそうではある。翔くん片思い勢がちょくちょくいるから。
「実際、どう思ってる? 俺のこと」
「どうって、別に⋯⋯」
どこかの誰かさんみたいな返しになる。
向こうはわりと選べる立場のはずだけど、なんであたしなのか、よくわからない。
多少はかわいいっていう自負はあるけど、そこまでのレベルじゃない。SNSとか見てると、かわいい子なんてわんさかいるし。
中身だってわりと終わってる。典型的なB型自己中女。あたしって基本嫌われるんだけど、好かれる人にはとことん好かれるみたいな謎の性質を持っている気がする。
「あと俺さ、女バスの子とも仲いいし。だいたい知ってるから」
「⋯⋯知ってるって、なにを?」
「ひまりだって、気づいてるんだろ? とぼけてる?」
あたしが黙っていると、翔の背後を女子二人組が素通りした。
いちゃついてると思われたかも。もう助けてって、助けを求めたい気分。
「筆箱便所の床に落ちてたって、それもそうでしょ」
「いやそれはね、あたしがうっかり落としたのかもだし」
「いや落とさねーだろ便所に」
翔の口調が強くなった。怒ってるみたいだった。
「俺が守ってやるからさ」
真剣な眼差し。ずいぶん大きく出た。
少女漫画のヒロインなら、ここは涙を浮かべて頷くとこか。落ちちゃうとこか。
正直、気持ちはまったくついてこないけど。
ありといえばあり⋯⋯なのかな。ああ、あの子もう完全にそっちにいったんだって思われるし。
それか付き合うってなったら、ちょっとは変わるのかな?
付き合いだして、情がうつってくるとか。
こんなこと冷静に考えてる時点で、違う気がするけど⋯⋯。
やっぱマンガみたいになんかこう、胸がきゅんってなるシーンとかって、ないものなのかねぇ。
そのとき、翔の背後をすぅ〜と、行ったり来たりしている影がいることに気づいた。
ちらちらとこっちの様子をうかがっている。翔の肩越しに、あたしは彼女と目があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます