第33話
その日を境に、学校でのひまりとの接触はめっきり減った。
具体的には、彼女の方から私の席に来て話しかけてくるようなことはなくなった。
同じクラス、ということ以外にひまりとは接点がない。
教室での席順も遠い。私は廊下側から二列目。ひまりは窓際の席。
そうなると、彼女とは言葉をかわさない日もある。けれど露骨に無視をされているとか、接触がまったくなくなったわけじゃない。
「よっ」
休み時間の廊下ですれ違いざま、ひまりは意味もなく私の肩を叩いてそのまま素通りする。
けれどそれは彼女にとって特別なことじゃない。他のクラスメイトにするのと同じ振る舞い。
私にとって、ひまりは一人。ひまりにとって、私は大勢いる知り合いのうちの一人。
そのぐらいの距離感だ。それも徐々にフェードアウトしていくのかもしれない。急に態度を変えると変に思われるから、段階を追って。
そんな感じがした。
四限目の体育はバスケットボールだった。
今日のチーム分けでは、ひまりは私の敵になった。
私のチームはあっさり負けた。
彼女と敵対して、わかったことがある。
ひまりはバスケが上手だ。元バスケ部だそうなので、それは当然なのだけど⋯⋯それだけじゃないなにかを持っている。
細かい技術的なことはよくわからないけど、プレイに光るものがある。華がある、とでもいうか。
運動が苦手な子にも声をかけて、場を盛り立てている。いつも試合の中心にいる感じがした。以前の試合で私が活躍できたのも、彼女のおかげなのだと思った。
それになにより、彼女自身が楽しそうにしている。
前に立ちふさがったときに変顔をしてからかってくるのは、ちょっとどうかと思うけど。
私はそんな彼女の姿に、何度も目を奪われていた。
いつもの負けん気も起こらなかった。完敗だと思ったからだ。いろんな意味で。
コートの入れ替えで試合を待つ間も、私は彼女のプレイを目で追っていた。
一方で、この前の通話のことをぼんやり思い出していた。
――千尋には、いろいろ助けてもらってばっかで⋯⋯。
もし貸し借りメーターのようなものがあるならば、今は少しだけ、ひまりのほうがマイナスに振れている状態だろうか。私がそう思っていなくても、彼女はそう思っているらしい。
ならばもう、私の当初の目的は達成した。
だからひまりはどうして部活をやめたのだろうとか。どうして自分を厄介者だとか言ったのかとか。なぜ高塚聖奈に遠慮しているのかとか。
考えたところで、もう意味のないことだ。
けれどもし彼女が私を頼ってくるのであれば、私にできることはするつもりでいる。貸しだといって、なにか見返りを要求する気もない。今はそういう気分だった。
――もう迷惑かけらんないからさ。
いっぽうでそう発言した彼女の気持ちもよくわかる。
できるだけ他人に迷惑を⋯⋯貸しを作りたくない。自分とは真逆と思っていた彼女も、私と同じ考えらしかった。
であるならば、これ以上のおせっかいはまさにありがた迷惑、というものになるだろう。私が彼女なら、そう思う。
私はコートから視線を外して、体育館の壁にかかっている時計を見上げた。
次の試合の順番はもう回ってこなそうだった。
体育終わりの女子更衣室は少し窮屈で、やかましかった。
私はこの時間があまり好きではない。静かに着替えたい生徒と、おしゃべりしたい生徒が一緒に放り込まれる。私はもちろん前者だが、聞きたくもない会話が嫌でも聞こえてくる。
「ねー聖奈さー、球技大会の種目さ―」
「んー?」
何事か話しながら、私のすぐとなりで着替えだしたのは高塚聖奈だった。
私がなるべく肌をさらす時間を減らすように着替える横で、彼女は豪快に体操服を脱いだ。
よほど自信があるのか、もう慣れっこなのか。
見られても構わない、といった態度だった。
「あ、武内さんって⋯⋯」
急に背中から名前を呼ばれた。聖奈の声だ。
私はシャツに袖を通している最中だった。
「けっこう大きい?」
振り返ると、聖奈の視線が私の胸元を見ていた。少し頬が引きつりかける。
周りに聞こえる声で言うのはやめてほしい。
「意外に隠れ巨乳⋯⋯や、べつに隠れてないか~」
私の体をじろじろと見てくる。品定めでもするかのようだ。
「ウエストも細ーい」
シャツの上から、腰のくびれに手を触れられた。太さをはかるようにぺたぺたと。
そんなところを赤の他人に触られたことはない。私は素早く身を翻していた。
「あ、ごめん。嫌だった?」
口で謝っているわりに、頬は微笑を浮かべていた。彼女は自分のシャツのボタンを止めながら、距離を取った私に一歩近づいてくる。
髪がなびいて、独特な香りがした。
なにかの香水のようだ。決して悪い匂い、というわけではないけど、私の好みではない。
「前も気になったんだけど、武内さんってもしかして、バスケやってた?」
「いえ、そういうわけでは⋯⋯」
「へえ、それであの動き? すごいねー。運動神経いいんだ? 体けっこう引き締まってるし⋯⋯どう? バスケ部」
「いえ、私は⋯⋯」
「髪さらさらだねー。うらやましい」
今度は私の後ろ髪を指先ですくようにして撫でてくる。笑顔に悪びれる様子はなく、まったくこりてないようだ。
聖奈は背が高い。顔を見ると、160とちょっとぐらいある私の視線が少し上向く。
それだけでなんとなくポジションを取られた感がある。大人びた雰囲気があるのが余計だ。
その後も聖奈はなんやかやと容姿を褒めそやしてきた。私は軽く受け流しつつ、着替えを終える。荷物を持って更衣室を出ようとすると、またも聖奈が体を寄せてきた。耳元に顔を近づけて、囁いてくる。
「⋯⋯あのさ、ちょっと話しない? このまま残っててくれる?」
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