第12話

『これあたしのうちのお風呂』

 

 送られてきた写真の画像のことだ。

 ひまりの家にも同じものがある、ということらしい。つまり偶然にも同じシャンプーを使っていたと。

 そこまでは理解したけども、「どういうこと?」というのがまだわからない。


『それが?』

『これだと千尋の匂いの説明がつかない』

『鼻がおかしいんじゃないですか』

『辛辣ぅ』


 そこで私は返信をやめてスマホを置く。テンポよくぽんぽんと文面が送られてきてキリがない。

 まさか向こうも私が半裸で返信しているとは思わないだろう。


 身につけていたものをすべて脱ぐ。

 下着を網の中へ。肌着をそのまま洗濯機の中に入れようとして、手を止める。


 鼻に近づけて匂ってみた。いい香り……かどうかは置いておいて、無臭ではない。嫌いな匂いではない。

 シャンプーというよりは、洗剤とか柔軟剤とかそういうたぐいの匂いではないのか。


 余計なことを言うと、今度は柔軟剤撮って送れと言われそうだ。もしそれもお揃いだとしたら……いや、考えるのはやめよう。


 肌着をしまおうとして、洗面台の鏡に映った自分と目が合う。

 全裸で自分の身につけたものを匂っている女。はたから見られたら変態だと思われるかもしれない。

 

 急に羞恥心がこみあげてくる。

 私は今度こそ肌着を洗濯機の中に放り込むと、鏡の中の自分を睨みながら、洗面台の前に立った。


 鏡の前で、軽く上半身を捻ってみせる。

 ウエストから骨盤にかけてを、肌色がなだらかな曲線を描いている。


 急にひまりに言われたことが気にかかった。体のスタイルのこと。改めて客観的に見て、悪くはない……と思う。

 見下ろすと、平坦な下腹部に比べて、太ももがたくましく見える。長距離自転車通学の賜か。いや弊害か。


 腕を持ち上げてみる。

 小、中学と竹刀を振っていた。曲げるとちょっとだけこぶができる。密かな自慢。

  

 基本いくら食べても太らない。

 甘いものが、ダイエットが、で周りが一喜一憂しているのとは無縁だ。太るから食べるのを我慢する、というような感覚がわからない。もちろん常軌を逸した大食いをすることはないけども。

 

 ただ少し、気になるのは。


 乳房を手のひらで押し上げる。また大きくなったかもしれない。

 世間一般では大きい方がよしとされているのか知らないが、どう考えても大きすぎるのは邪魔なだけだと思う。


 大きくもなく、小さくもなく、普通でいい。まるでなくても何も問題がないと言うならなくてもいい。


 自分の体にとりわけて問題がない、と言い切れるのは幸せなことなのかもしれない。 

 そういう意味では恵まれているのだろう。両親にも感謝しなくてはいけない。

 もっとも今となっては、頭の中で念じるぐらいのことしかできないのだけど。


 目線を上げて、鏡の中の自分を見た。

 上向いたまつげ。ひだのあるまぶた。

 目きれい、とは言われたものの、張り付いた無表情は堅苦しい印象を与える。

 

 ――だから、めっちゃうれしかった。

 

 彼女の笑顔を思い浮かべる。上がった口角。緩んだ目元。

 まだあどけなく、愛らしい少女のそれだ。なんだか優れた芸術作品のようにも思える。鏡の仏頂面とは、比べるまでもない。


 頭の中のイメージを眺めながら、ちょっとだけ不満が出てきた。

 鼻はもう少しこぶりでいい。目元も、もう少し柔らかさが欲しい。


 他人を見るから、足りないものに気づく。

 本当は必要のないものも、欲しくなる。


 ……なんて、典型的なパターンだ。私はそんなものには引っかからない。

 だけど愛嬌がない、とは叔父や叔母にも常日頃、言われることだ。

 頭ごなしに必要ないと決めつけるのもよくない。


 指先で両頬を押し上げてみる。人工笑顔。

 目が笑っていない。怖い。

 目元に力を込めてみる。今度はただの光がまぶしい人。

 

「――くしゅんっ」


 唐突にくしゃみが出た。背筋に鳥肌が立って、全身に広がっていくのを感じる。


 寒い。いい加減寒い。

 鏡の前で、一糸まとわぬ姿で。

 私は一体、何をしているんだろう。

 

「……早く入ろ」


 わざとそうつぶやいて、身を翻す。

 すりガラスのドアを開けて、私は風呂場の冷たいタイルの上に足を乗せた。

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