第11話
自転車を家屋脇のひさしの下に止めると、私はカバンを手に玄関に回った。
薄暗い庭はがらんと静まり返っている。乗用車の5,6台は止められそうな広い庭。背の高くなってきた雑草を目にして、今度処置しないと、と思いながら引き戸の解錠をする。
私の家はそこそこに広い。平屋の古風な家、といえば聞こえはいいが、オンボロ家と言われればそれまで。周りはほとんど田んぼ。
亡き父の実家で、いつ建てられたのか私は知らない。
この家には私と、父の弟と、その奥さんが一緒に暮らしている。祖父はすでに他界しており、祖母は去年施設に入った。
父は私が小学三年生のときに、不慮の事故で亡くなった。通勤途中で車にはねられた。
遠足の日の朝、学校で突然呼ばれて、それで遠足にいけなくなったのを覚えている。
私が物心ついたころには母親の影はなかった。病死だと言うが、詳しくは知らない。
居間に上がって電気をつける。かすかに線香の匂い。
叔父は小さな喫茶店を経営している。経営と言っても、半分趣味でやってるようなものだからと呑気なものだ。
稼ぎ頭は叔母。医療関係の仕事をしていて、大学病院に勤めている。叔父いわく秀才のエリートだという。帰りが遅いのはいつものことだ。
部分的に家の改装をしたため、そこだけ新しい。
もとは畳のある和室がほとんどなのに対し、リビングは洋室。寝室も洋室。私の部屋もそう。和室は仏壇があったり来客用で、ほとんど使われてない。
自室の扉を開けて、勉強机の上にカバンを置く。
お下がりの小さいテレビ、使い古した机、無駄にいかつい椅子。ハンガーラック付きのタンス。
壁は白。カーテンも白。余計なものはあまりない。
唯一目立つのは、背の高さほどの大きな本棚。本やCDDVDのケースがごちゃまぜに入っている。並んでいるのはひまりに言わせるといわゆる渋い、ラインナップになるのだろう。
もともとここは父が使っていた部屋だ。私自身はほとんど手を加えていない。
私の家だけども、私の家じゃない。私の部屋だけども、私の部屋じゃない。そんな感覚がする。
叔父夫婦には子供がおらず、後見人として私を実の娘のように扱ってくれている。とてもありがたいことで、いくら感謝しても足りない。
けれどいつまでも甘えているわけにはいかない。
自分のことは、自分でできるようにならないと。なるべく早く、自分一人の力で、独り立ちできるように。
洗面所へ向かって手を洗う。制服のリボンを外しながら、今日はシャワーだけで先に済ませてしまおうかと隣接する風呂場へ視線をやる。ふと台の上にある赤い容器が目に止まった。唐突にひまりの顔が目に浮かぶ。
――じゃ、写真待ってるから。
私は自室にとって返し、スマホを手に戻ってきた。シャンプーの容器を写真に収めて、とっとと送信することにする。
何も文言を添えずに写真だけ送りつけたが、しっかり言われたことはこなした。
昨日作った肉じゃがを温めて、サラダに余っていた玉ねぎを刻んでレタスをちぎって……と頭の中で献立を考えながら、再度自室へ。
ブレザーの上着とスカートを脱いでハンガーにかける。
ブラウスを少し匂ったあと、一緒にハンガーへ。あまりよろしくないかもしれないが環境にはいい。
タンスで下着をあさって脇に抱える。薄手のインナーにショーツ姿のままリビングを横切って風呂場に向かった。叔父がいるとそれはやめてくれと言われるけど今は問題ない。
風呂場の前にやってくると、スマホが洗濯機の蓋の上に乗っていることに気づく。先ほど写真を撮って送って、ここに置きっぱなしだった。
通知のライトが光っていた。画面をつけて通知をタップする。
『どういうこと?』
ひまりのメッセージとともに画像が表示された。
見慣れない白いタイルの背景。どこかの風呂場らしき場所に、見覚えのある赤い容器が映っていた。
『どういうことってなんですか?』
意味がわからなかったのでそのまま返す。
ものの数秒もたたずに返信が来た。
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