第18話
「何?」
「あ、少し……。ごめん」
二言目には謝る。咲希は声も小さく、見るからに気が弱い。
バスケやってるときはそうでもなくて、わりと態度大きかったりするんだけど。時と場合で人が変わるタイプかも。
咲希はことあるごとに聖奈にべったりひっついている。
それがいいとか悪いとか、別になんとも思わない。ただまあ、このままずっと金魚のフンしてくのかなって。
でもあたしだって、この子と本質は同じなのかもしれない。みんなの人気者に気に入られている、いけ好かないやつ、みたいな。
咲希がおずおずと口を開く。
「あの、部活……も、戻る?」
「いや、戻んないです」
即答する。
この子から質問とかしてくるのって、めったにない。というか初めてかもしれない。
けど戻る気がないのは本当だ。
もともと、なんとなくで……中学はどこかの部活に入らないといけなくて。その時ハマってたマンガの影響で、とりあえずで選んで。
中学の最後も地区の予選で、決勝まで行って、負けて。
あたしはよくやったって思った。楽しかった。でも周りは泣いてた。悔しくて泣くとか、よくわからなかった。
勝ち負けよりも、楽しくできたらそれでいいって思っちゃう。
それはたぶんあたしが、そこまで本気でやってなかったからだと思う。
そこは才能というかセンス? もともと運動神経はいいほうだった。それでたまたまうまくできていたけど、それもここまで。
あたしには千尋とか聖奈みたいに闘争心がない。ぐわっとこられると、どうぞどうぞってなっちゃう。だから根本的に争いごとには向いてない。
そんなやついても、周りだって迷惑だろう。
「あたしは今ぐらいで……体育でちょっと活躍するぐらいでいいかなって」
あたしの言葉に、咲希は肯定も否定もしなかった。
この子だって、そういうタイプには見えない。勝負とか競争とか、あんまり興味なさそう。
咲希はなんのためにバスケやってんだろう。急に聞いてみたくなった。
「咲希は、なんでバスケやってんの?」
少しだけ間があった。咲希はあたしの顔を見もせずに答えた。
「別に……。他に、やることもないし」
はっきりしない物言いだったけど、なるほど、とあたしは腑に落ちた。
たしかにやめたらやめたでヒマなんだ、結構。いや、かなり。
変に感心していると、咲希は身を翻していなくなっていた。本当にすばしっこい。
「オレと付き合ってくれ、頼む!」
突然ですがここで告白タイム。
放課後裏庭に来てくれって山下にラインで呼ばれて、来てみたらいきなりこのザマ。
本当に急すぎて時間がすっ飛んだ。授業あんまり聞いてないからかもだけど。おかげで午後ずっとぼやぼやしてた頭がすっきり冴えた。
「いやいや、ないでしょ。ないない」
とりあえず手を振って、笑って流すことにする。実際笑って流しちゃうぐらいない。
なんとなく好意持たれてるのかな、ぐらいは思ってたけど、急すぎ。
去年変な集まりに呼ばれて遊園地に行った。そのうちの一人にこいつがいて知り合った。ビビるほどつまらなくて、遊園地って一緒に行く人次第でこんなにつまらなくなるんだって新しい発見だった。
二年になって同じクラスじゃん、みたいな感じで話してはいたけど、全然そんな告白したりされるような間柄じゃない。少なくともあたしは。
腰を折り曲げていた山下は、がばっと面を上げて詰め寄ってきた。
「そういうノリじゃねえよ、オレはマジで言ってんだよ!」
「いやいやマジでもないから」
普段どおりのノリで受け流す。
この対応はひどいと言われるかもしれないけど、ここで変な空気にしてしまうと今後もやりづらくなるし。
「なんでダメなんだよ、理由を教えてくれよ理由を!」
意外に食い下がってくる。
逆になんでオッケーしてもらえると思ったのかこっちが聞きたい。
もっともらしい理由を考えてみる。
さすがに生理的に無理とか言ってはいけないのはわきまえている。
「それは、まあなんていうか……フィーリングが合わない的な?」
「なんだよそれ、はっきりしねえな。もしかして他に好きなやつがいるのか? あ、わかった翔か!」
「いやいや、別に好きな人とかいないから」
「じゃあいいじゃねえかよ! どうせバスケやめてヒマなんだろ?」
急にイラっときた。それは見事に痛いところを突かれてるから。
てか告白するやつの言い草じゃないだろそれ。
「本当に好きなんだって! ひまりマジでかわいいしさ、クラスで一番……いや学年で一番!」
「なんか中途半端ね」
「学校で一番! 市で一番!」
これだけ言ってくれるなら、まぁおっしゃるとおりヒマだし、付き合ってあげてもいいのかな。少なくともヒマは潰せそうだし。それになんかいろいろ、どうでもよくなってきた。
……いや、でもやっぱダメでしょそれは。
少しぐらい「こいついいかな」って思ったことがあれば別だけど、そういうのもまったくないし。
「いや、やっぱ無理……」
「とか言って、ひまりも結構遊んでるんだろ? なあ」
「はあ? 何? それって、誰が言ってた?」
「いや誰っていうか、周りからの噂で?」
周りからって、そこが重要なんだけど。
どこでそんな噂が流れてるんだか。あたし自身は聞いたことない。机に書かれたことはあるけど。
「わかった。付き合うのが無理なら……」
山下は急に神妙な顔つきになると、いきなりその場に両膝をついた。
花壇脇の草の上。落ちきった桜の花びらが土にまみれてすっかり汚くなっている。
……なんだこれ一体何が始まる。何する気だこの男。
「一発やらせて! 頼む!」
山下は両手をついて勢いよく頭を下げた。
額を地面に擦り付けんばかりに気合の入った土下座。
土下座するやつって本当にいるんだ。
なんとか笑ってごまかしてきたけど、それはさすがに引く。
――あいつ土下座したらやらせてくれるんじゃね?
聞いたわけじゃないけど、言いそう。翔とか。裏で言ってそう。
で、こいつはバカだからそれを真に受けてそう。
「頼む! この通り!」
目の前で亀のようにうずくまって動かない。
思いっきり後頭部を踏みつけてやりたい衝動にかられる。もう頭を蹴り飛ばしてこの場から逃げだしたい。けどやっぱりそれはできない。同じクラスだし、周りとの関係もあるし。
「ちょ、ちょっとやめてよマジで!」
「お願い、お願いします!」
叫びながら、山下はひたすら頭を下げ続ける。
ヤバイ鳥肌立ってきた。なんかもう怖い。怒りを通り越して怖くなってきた。逃げようにも足がすくんでいた。
土下座ってされたところで優越感も何も感じない。
むしろされると怖い。恐怖。また新しい発見。
「マ、マジでやめてって……」
さっきからあたし、同じことしか繰り返してない。できるのはかろうじてそれだけ。
一応人気のないところを選んだのだろうけど、いつ誰がやってくるかもわからない。校舎の上の窓から見られている可能性だってある。
わけのわからなくなったあたしは、カバンに手を入れてスマホを探った。聖奈に電話しようかと思った。でも今は練習中に決まってるし出るわけない。ていうか聖奈に助けを求めるとか、ないでしょ。とんでもない迷惑。
そのとき、あたしのすぐ脇を、音もなく人影が通り過ぎた。ふわっといい匂いがした。
はっとして見ると、影はうずくまる男の前で立ち止まった。
スカートから長い足が伸びて、膝が90度に曲がる。無地の紺の靴下。黒のローファーが宙に浮いた。
「人助けすると思って! お願い!」
山下が面を伏せたまま、また何事か言った。
それと同時に曲がった膝が伸びて、ローファーが後頭部を踏みつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます