第17話
「何……してるの?」
戸口に立ったまま、聖奈が唖然とした顔をする。
あたしは胸に触れかけた手を、あわててずらして千尋の腕を持ち上げた。肘を上げさせ、さっき消毒した部分をじっと睨む。
「ん~……この傷はなかなか……」
とっさにごまかしたが、どうか。
聖奈が戸を閉めて、近づいてきた。この無言の間が怖い。
「大丈夫? 傷は……」
ごまかせたようだ。
聖奈の視線は千尋の傷に注がれている。心配そうな顔だ。
千尋が答える。
「大丈夫です、全然」
「そう、よかった。でもびっくりした、二人で変なことしてるのかと思った」
ごまかせてない?
いや別に変なことはしてない。たぶん。きっと。
「へ、変なことって何よ~?」
冗談ぽく笑ってごまかす。
とあたしはいいのだが、千尋は若干頬を赤らめてうつむいた。いやそのリアクションはダメでしょ。
「ごめんなさい。わたし、熱くなると周りが見えなくなっちゃって」
聖奈は千尋に向かって小さく頭を下げた。
千尋もすぐに目線を上げて答える。
「私もそうなので。お互い様ですね」
危険な奴らだなあ。なんて茶化せそうな雰囲気じゃない。
これでお互い自覚はあるらしい。
というか千尋の表情がいやに柔らかい。なんで? あたしにはそういうのあんまり見せないくせに。
戦いの中で友情が芽生えたか。同類と知って気が緩んだのか。
「わたし、そんなだから。本当はキャプテンなんて柄じゃないの」
「キャプテン?」
聖奈の言葉に千尋が首をかしげる。やはり戦った相手のこと、なにも理解していない様子。
けどいきなりそんなこと言われたら、あたしだって首をかしげる。
「ひまりがやったらいいのにって、ずっと思ってたんだけど」
急に飛び火した。
黙って聞いてるわけにもいかなくなって、横から口を出す。
「いやあたしこそ向いてないからそういうの。絶対」
聖奈は自虐してるけど、彼女より適任者は思いつかない。
あたしみたいな鼻につくやつとは違う。みんなからの人望だってある。
「ひまり……」
いつしか聖奈の視線はじっとあたしを見ていた。いいたいことが山ほどありそうな顔。最近避けてるの、バレてる。
こんな流れになるとは思わなかった。もう正直逃げたい。
「あのね、わたしは……」
聖奈がなにか言いかけたとき、またも引き戸が開いた。
白衣姿の保健の先生が我が物顔で入室してくる。きれいな女の人だけどやたら体格がいい。すぐあたしたちに気づいて、
「あら、いつの間にか三人も。どうしたの? 何? ケガ?」
「あ、いなかったんでちょっと借りて……」
「なに擦り傷? あーそれぐらいなら消毒とかしないほうがいいわよ、水で流して絆創膏貼っとけば……はいはい今見るから。ほら関係ない人は戻った戻った」
あたしと聖奈は保健室を追い出された。保健の先生だけどなんか体育の先生みたいだな、なんて思いながら戸を閉める。
廊下は静かだった。まだ一応授業中なのだ。
体育館への道のりを、聖奈と二人で並んで歩く。
「わたしはひまりの味方だから。部活戻るならいつでも言って」
無人の通路は声がやけに響く。誰もいないのだから当たり前か。
十分聞こえてるっていうのに、聖奈はさらに半歩距離を詰めてくる。
「もし文句を言う子がいたら、わたしが黙らせるから」
ずいぶん手厚い待遇だ。
けれどきっと、それがよくないんだよなあとも思う。
「他に困ったことがあったら、なんでも相談して」
優しく囁く声が、耳を撫でてくる。
肩が触れるか触れないかの距離。いやちょっと触れた。
匂いがする。ちょい薔薇っぽい系。やや人工的な香り。香水らしい。
委員長が香水なんてつけていいのか。けしからん。
あたしは鼻が結構きく。香りに敏感というか。
正直苦手な匂いかも……なんて口が裂けても言えない。いや決して悪い香りというわけではないんだけど。
匂いというと、あれだ。
千尋の匂い。あれめっちゃ好き。いちど胸元に顔を埋めて、思いっきりかいでみたい。
とか言うとまたこれ変態っぽい。ていうか変態じゃん。
「わかったから、近いって! 近すぎ!」
笑いながら聖奈の肩を手で押し返す。
聖奈も笑ってあたしの肩を軽く叩いてくる。
そこらの男子なら、こんな風にされたら惚れてまうやろって感じ。でもあたしは女子。いや女子でも惚れるかも。実際ファンがめっちゃいるらしいし。聖奈と一緒にバスケしたくて女バス入ったみたいな子もいるとかいないとか。
体育館に戻って、先生に報告した。
時間的に次の試合はできないかも、という状況だ。
行われている試合を眺めていると、自然と聖奈のまわりに人が集まってきた。あたしはこそこそいなくなる。
落ちていたボールを拾って、適当に手で弄ぶ。
気づくと小さい影が、近くであたしを見ていた。咲希だった。
この子も正直何考えてるかよくわからない。だってあんまりしゃべらないんだもの。
おとなしいせいか、あんまり友達いないタイプ。
けど小動物的なかわいさがある。これで結構モテるらしい。この手のタイプが好きな人は好きなのだろう。
珍しくなにか言いたそうにしてるので、こっちから聞く。
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