第14話
本日の体育は、いくつかのチームに分かれてバスケの試合。
前半後半10分の特別ルール。一面のコートで入れ替わり立ちかわり、どんどん試合を回していく。
後半開始、あたしのチームは8点のビハインドを背負っていた。
マイボール。中盤でボールキープをしながら、周りを見渡す。
いつもの体育館。慣れているはずの試合も、授業のバスケは全然感覚が違う。
何が違うって、やっぱり一番はメンツなんだけど。
さてどうしたものか。
お仲間はほとんど頼りにならない。前半でだいたいわかった。
基本わけのわからない位置にいて、パスの出しようがない。ていうかパスしてほしくないっぽい。授業だから仕方なくやってる感。でも気持ちはわかるからイラついたりはしない。
「リードされてるのにそんなゆっくりでいいの? ひまり」
そして目の前で圧をかけてくるのが聖奈。クラス委員長であり、次期バスケ部キャプテン候補っていうかキャプテンの高塚聖奈。
あたしより背が高い手足も長い。きれいな顔してるけど今だけは本当に邪悪に見える。
せめてこいつさえいなければ……って感じだけど、部活のガチ練かってぐらいガンガン寄せてくる。ガチガチにマークしてくる。
今だってパスコースを塞ぐようにあたしの前に立ちはだかっている。
もちろん実力も折り紙付き。相手にそんなのがいるから、味方もみんな萎縮しちゃってる。
「ひまり!」
そんな中、唯一パスをもらいに来たお仲間がいる。
千尋だ。いつにもまして真剣な顔。髪をポニーっぽく縛ってる。かわいい。
ボールハンドリングはまだ拙いし、元バスケ部員、とかではなさそうだけども、実は前半からいい動きをしている。
体育とかちゃんとやらない人かと思ったら、がっつりやる人なんだ。ちょっと意外。
まあでも、なんか負けず嫌いっぽいもんね。
ていうか今ひまりって呼ばれた? 名前呼ばれたの初めてじゃん?
めっちゃにやけそうになる。そんなふうに呼ばれたらもうどんどんパスしちゃう。
「え」
その矢先、突然手元が軽くなった。よそ見してたら聖奈にボールを叩き落とされていた。
慌てて床に跳ねたボールに手を伸ばすも、小さい影に横からかっさらわれる。
ドリブルであたしたちのゴールに向かって駆け出したのは咲希だ。まるで気配がなかった。すばしっこいやつ。
咲希っていうのは小花咲希(おばなさき)って言って、いつも聖奈にくっついているちびっこくておとなしい子。丸っこいショートボブにくりっとした目の童顔で、たまに小学生と間違えられる。けれどバスケットの実力は確かだ。
ドリブルも速い。走るけど追いつけない。咲希はそのまま一人で速攻。お手本みたいなきれいなレイアップでゴール。
ゴール下でボールを渡される。咲希はあたしに向かって、一瞬にやっと不敵な笑みを浮かべた。
相変わらずよくわからんやつ。千尋と同等か、それ以上に謎かもしれない。
普段はいるのかいないのかわからないぐらい目立たない。けどもコートでは存在感が……いやコートでも目立たない。でもきっちり仕事はする。
にしても同じチームにバスケ部二人はまじで反則でしょ。
しかもどっちもレギュラークラス。チーム分けおかしい。
「もう、なにやってるんですか」
近づいてきた千尋に怒られた。
いやあんたのポニテのせいだよ、とはもちろん言えない。しかもやっぱりおっぱいでかい。体操服だとわかりやすい。
とりあえずここは汚名挽回。いや名誉返上だっけ。
いいところを見せなければ。
スローインでボールを千尋に渡す。
すぐ戻してもらおうかと思っていたけど、千尋は一人でドリブル。強引に中盤まで持っていく。
やはり前半よりも動きが良くなっている。
こいつ試合中に成長してやがる⋯⋯? ってやつ。きっと運動神経がいいんだろう。いや、それよりメンタルが強いのか。
聖奈が千尋の前に立ちふさがった。
あたしはすかさずパスを要求。ボールを受け取って、前へ。しかしこれは聖奈に読まれていた。すぐひっついてくる。あたし以外眼中にない感じ。
外に視線を配る。サイドを上がっていく千尋と目が合う。今度はすぐにパス。で、またすぐボールを要求。一回預けて、すぐ返してもらう。
ナイスパス。うまいこと聖奈の裏をかいた。向こうはあたしが一人で行くと思ってたっぽい。
聖奈が慌てて取って返してきたところに、1度フェイクを入れてドリブル、ゴール下でシュート。一本取り返す。
「イエーイ!」
手を上げて千尋に近寄っていくが、ちら、と一瞥されたきり無視された。千尋はすぐ自陣コートに戻っていく。あらあら恥ずかしいのかな。
代わりに聖奈が後ろから軽く肩をたたいてきた。
「さすがはエース」
「だからエースじゃないっての」
あたしはもう部活やめたんだからそういうの関係ない。
聖奈はまだ納得いってないみたいだけど。
向こうのオフェンス。
あっちは聖奈と咲希二人のホットラインができている。精度の高い早いパス。だから反則だろそれ。わかっててもあたしは警戒されてて取れない。
ぶっちゃけ咲希がドリブルで突っ込んでくると、あたし以外はきっと止められない。
それをやらないぶん、まだ良心が残っているのか。
ばちんと音がして、ボールの動きが止まる。
何事かと思えば千尋が咲希から聖奈へのパスをカットしていた。マジか。
素人だからってなめてかかってるからそうなる。咲希は若干そういうとこある。
あたしは一目散に敵コートへ駆け出す。
手を鳴らしてパスを要求。すぐボールが飛んでくるがずっと後方。慌ててブレーキして受け取る。
どこ投げとんねん、ってそれは要求しすぎか。
その間に相手に戻られ、結局あたしの前には聖奈さんが張り付く。
この人がいなかったらもっと動けるんだけど。なんでここだけガチらないといけないのか。彼女とのマッチアップはずっと苦手意識がある。
たまらずどフリーの子にボールを渡す。でも向こうはボールを受け取ってあたふた。すぐに相手にボールを奪われてしまう。
と思ったらボールを持ったのは千尋だった。
いや嘘でしょ。ハンドオフ……というか味方からボール奪ってる。
怪しいドリブルをして、足を止めて、強引にシュート。
え、そこから? フォームめちゃくちゃ。でも軌道は悪くない。
宙を舞ったボールはゴールリングにぶつかって、跳ねて。
ゆっくりとネットの中を滑り落ちた。
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