第25話

 五月の連休は叔父叔母と泊りがけでちょっとした旅行に出かけた。私は遠慮したのだけど、叔母が千尋も、といってきかなかった。

 それからはお店の手伝いを挟んで、学校の課題をする。竹刀の素振りをして、マラソンをする。読めずにいた本を読む。映画を見る。

 などなど平常運転に戻った。けれどそのうちの一日に、いつもとは違うイレギュラーな予定が入っていた。


「うぉ~いいねいいね~ふたりとも~!」


 待ち合わせは駅前だった。午前の初夏の日差しが高くふりそそぐ。

 現れた山下は、私とひまりを見るなり甲高い声を上げた。

 

「そのワンピかわいいね! 私服だと全然印象変わるわ!」


 私の顔を見るなり、ロング丈のワンピースに目を落として言った。

 厳密に言うと私の私服ではない。叔母が通販で衝動買いしたけど着れなかった着なかったやつ。といっていた。 


 連休を一人で過ごしていた私は、叔母から「ちょっとは外で遊んできたら?」などと恒例のからかいを受けた。売り言葉に買い言葉で「あした出かけますけど。男子と」「え、嘘やん」みたいなやり取りになって、最終的に着させられるはめになった。

 

 さっきもひまりにもさんざん褒められ⋯⋯いやからかわれた。

「ガチじゃん。ガチで彼氏とデートに来てるじゃんそれ」と笑われた。そういうひまりは薄手のパーカーにパンツとラフな格好だ。

 

「最高だわ、やっぱお前ら二人かわいいよ! クラスで一番! ツートップ!」

「いや、ていうか遅刻してくるとかないわ」


 山下が歓喜する一方でひまりは冷めていた。

 私が時間に余裕を持って、次にひまりが時間ギリギリに、山下は遅れてやってきた。

 

「いやー髪のセットに思ったより時間食ってさぁ」

「それ油でも塗ってきた? ベッタベタだけど」


 ひまりは容赦なく切り捨てる。この前土下座されたときは、別人のようにおろおろして固まっていたのに。

 

「はーなんか、待たされて喉乾いたなー。ねえ千尋」


 急に話をふられる。けれど別に喉はかわいてない。山下がご機嫌を取るように差し込んでくる。


「わかったわかった、ちょっと飲み物買ってくるからさ。なにがいい?」

「あたしドクペね。それ以外ありえないから」

「千尋はなにがいい?」

「お前が千尋ってよぶな」


 ひまりが山下を遮る。私を守るように手で制した。

 

「自販機で売ってんのそれ? コンビニのほうがはええかな~」


 山下はぶつぶつ言いながら、駅構内にあるコンビニへ足を向けた。使いっ走りの背中を眺めていると、ひまりに腕を引かれた。


「行こ、逃げよ」

「え?」

「やばいやばい。やっぱあいつやばい」


 私の返事も待たずに歩き出した。コンビニとは逆の方向へ。人混みの中に紛れる。

 駅構内からつながるデパートに入って中を抜けて、別の入口から外に出た。


「ふー。これで撒いたかな」

「でも、スマホに連絡来るんじゃ⋯⋯」

「今度こそブロックするわ」


 ひまりはスマホを取り出して操作した。指の動きにためらいがなかった。


「それだとまた学校で、何やかや言われるのでは?」

「大丈夫でしょ。だってちゃんとデートしたし。五分ぐらい」


 ほぼほぼ集合しただけだ。

 私としては、今回は謝罪の意味も込めて付き合ってやって、これを最後にきれいさっぱり終わりにしたかったのだけど。

 いまいち釈然としないでいると、ひまりが近くで顔を覗き込んできた。 


「え、なに? その感じ。もしかしてあいつとデートしたかったの?」

「いえまったく。みじんも」

「じゃあいいじゃんもう。こういう扱いにしておいたほうが今後も楽だよ。あいつもそこまで頭イカれてないと思うし」


 それなりに準備して、今日のこと気にかけていただけに拍子抜けだ。まっすぐ帰ったら、きっと叔母になにか言われる。


「じゃあ、解散ですか?」

「んー、でもせっかく出てきたし……」


 ひまりは顎に手を当てて、ビルの電子看板を見あげた。それから振り返って、私の顔を見た。


「そしたら、あたしとデートする?」






 ひまりの申し出を受けた私は、彼女とともに駅に隣接するショッピングセンターの中を歩いていた。

 もともと山下とは映画を見るという予定だったが、一応映画館には近寄らないほうがいい、ということで別の建物に移動した。


「あ、ここ前来たときと変わってる。新しくできたのかな」


 ひまりが洋服の並ぶ軒下の看板を指差す。建物にはファッション系だけでなく、いろいろなテナントが入っている。行き当たりばったりに店の中をのぞいては、特になにを買うでもなくぶらぶらと冷やかす。


「また寄るんですか? なにか探してます?」

「ん、べつに?」

「え、じゃあなんで入るんですか?」

「なんとなく」


 私はふだんそういったムダなことはしない。

 目的があって、目的のものを買って、出るだけ。


「わからんかね、そのムダを楽しむんじゃないか」

「わからないですね、時間の無駄ですよね」

「時間の無駄って、彼女と一緒にいるんだからそんなことないでしょ。破局するよその一言」


 真面目な顔で言われて頭が混乱する。

 デートする? と言われて承諾はしたが、それは言葉の綾というものだ。


「そうやって彼女せかしたらダメだよ? 千尋くん」

「いや、あの、さっきからその⋯⋯」

「ん? なに? 手つなぐ?」

「はい?」

「ほら、一応デートだからさ」


 言いながらひまりはにやにやしている。やはり私をからかっているようだ。

 そっちがそのつもりなら、やりようはある。私はおもむろに腕を伸ばして、ひまりの手を掴んだ。


「えっ⋯⋯」


 驚いた顔が私を見た。なに食わぬ顔で見つめ返す。

 しばらく口半開きのままぽかんとしていたひまりは、むっと唇を結ぶと、きつく手を握り返してきた。


「あの、痛いんですけど」

「それで? 勝ったと思うなよ」

「はい? 握力なら負けませんが?」


 お互いニギニギしながら睨み合う。わざとらしく指を絡めてきたので、負けじと握りつぶしてやる。

 私のごつごつした冷たい手のひらと違って、彼女の手は柔らかく温かかった。

 

「あーもうわかったはいはい、おしまいおしまい!」


 そのまましばらく通路を歩いていると、突然手をほどかれた。「まったくもー。バカ力なんだから⋯⋯」とそっぽを向いたひまりの顔は、若干赤らんでいた。

 勝った。

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