第22話

 来客だ。この時間に珍しい。

 振り返るとドアはゆっくりと、控えめに押し開かれた。おそるおそる中を覗いてきた顔と目が合う。

 私は固まった。向こうも私を見て固まった。

 

「いらっしゃいませ、どうぞ~」


 何も知らない叔父がすぐ声をかけた。

 立ちつくす彼女に向かって、「お好きな席へどうぞ」と優しい声音で続ける。


 私はすかさずその間に割り込んで、行く手を遮る。

 制服姿の女子――左藤ひまりはわざとらしく相好を崩すと、首筋に手をやりながら頭をへこへことさせた。

 

「あ、どもども、ども~」

「……何やってるんですか?」

「や~ちょっと、喉乾いちゃったんで……」


 露骨に目線をそらして、しらを切り出した。容赦なく詰める。


「……もしかして、つけてきたんですか」

「や、やだなぁそんな、たまたまですよ。や~たまたまよさげなお店があって、つい匂いにつられて」

「コーヒーの匂いに?」

「うん、そうそう」

「コーヒー飲めないくせに?」

「うっ」


 ひまりは苦しそうに胸を手でおさえた。わざとらしい大げさな動作で。

 私は大きくため息をつく。


「な、なんだよいいじゃんかよぉ。千尋だってさっき、あたしのことつけてたくせに」

「つけてた、のレベルが違いますよね? わざわざこんなとこまで」

「だって、用事とかって、変に隠すから!」

「別に隠してませんよ、話す必要がないと思っただけで」


 そこまで公にする義理もないというか意味もないというか。叔父の店の手伝いをしている、と言ったところで面白くもないだろう。

 

「てかなに? バイトしてるの? ここで?」


 給金をもらって働いているわけではない。

 家事の延長みたいなものだ。私の中でもそこがひっかかっていて、口にしなかったのかもしれない。


「千尋の知り合い?」


 私が答えずにいると、カウンターから出てきた叔父が横から口を挟んだ。

 ひまりが元気よく答える。


「はい、クラスメイトです。友達です!」

「えっ、クラスメイト! 友達! 千尋の!」


 わざとらしくオウム返し。目を丸くして驚いてみせる。信じがたいとでも言わんばかりだ。

 ひと睨みすると、叔父はすばやくひまりへと視線を逃した。


「へ~そうなんだ、同じ西が丘の……」

「そうなんですよ、あたしも自転車で通ってて……」


 それから二人のおしゃべりが止まらなくなる。

 初対面の相手にも気後れすることなく、ひまりはうまく会話を弾ませている。


 叔父も楽しそうに話し始めてしまった。私と二人のときはおとなしいが、もともとおしゃべり好きだ。


 すぐに私が入り込む余地がなくなった。

 和気あいあいとする二人を尻目に、私は掃除を再開した。


 トイレを清掃し、軽く外回りをして店内に戻ってくる。

 いつしかひまりはカウンター席に腰を落ち着けしまって、すっかり話し込んでいる様子だった。


「それいいかも! あたし、今ちょうどひましてるんで! ひまひまのひまりちゃんです!」

「んーでも、高校生はなぁ……」

「えーダメですかぁ?」

 

 妙な会話が聞こえた。なにやらひどく嫌な予感がする。私は無理やり話に入っていく。


「ちょっと待ってください。何の話ですか」

「なんか人がやめちゃって大変なんでしょ? お店。そしたらあたしとかどうかなって」

「別に大変ではないです。くそひまです」

「ん、千尋くん? 困るなあ勝手な風評を流すのは」


 叔父が苦笑する。

 そうは言うが、まさか彼女を雇い入れるつもりなのか。


「どのみち無理ですね。彼女コーヒー飲めない人なんで」

「そんなことないって。コーヒーもさ、もっとミルクと砂糖いっぱい入ってて生クリームとか乗ってたらいけるし」

「それもうコーヒーじゃないですよね。やはり不適格ですね」

「いや、ていうか別にコーヒー飲めなくてもいいよお客さんじゃないんだから」


 叔父にぴしゃりと遮られる。

 彼はいったいどっちの味方なのか。いや敵か。 


「でもひまりちゃん、接客とかやったことないでしょ?」

「ないですけど、得意ですよきっと。あたし超コミュ強なんで」

「う~ん⋯⋯まぁ、愛想はいいよね。でも学校とかで友達とおふざけするノリとは違うからね?」

「わかってますって。あたしお仕事系のマンガとかめっちゃ読んでますよ」

「いやそれはあんまり関係ないけど。⋯⋯じゃあさ、ちょっと笑顔であいさつしてみて」

「いらっしゃいませ~!」

「合格!」


 叔父がびしっとひまりを指差す。

 完全にふざけ始めてしまって、お話にならない。私は苦言を呈する。


「やめてください。そんなふざけたノリで採用なんて……」

「そうは言うけど人雇うのって、大変なんだよ? 募集しても変なのしか来ないし。知り合いのつてとかから取ったほうが楽なんだよねいろいろと」

「私がふつうに働けばいいじゃないですか」

「ん~でもそれは、由美さんに文句言われるかもしれないし……」


 基本的に叔母は私が働くのに反対だ。

 せめて高校生のうちは学業に専念すべき、という考え。ただなるべく私の意思を尊重したい、という考えでもあるので、言えばたいていのことは通る。

 

「千尋だって本格的にやるとなると、接客もできないと……」

「私だってできますから。それぐらい」


 胸を張って言い返す。ここは引けない。

 やり取りを眺めていたひまりが、横から口を出した。 


「じゃあちょっとやってみて。あたしお客さんやるから」

「あ、いや千尋は……」

「へいウェイトレスさん!」


 ひまりは私に向かって指を鳴らしてみせた。テストするつもりらしい。こちらも望むところだ。

 私は姿勢を正して、ひまりの座るカウンター席の傍らに立った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る