第十五話 波止場会議
マキシアンに呼び出されて、オリバーは港に赴いた。直近で実施された、王立中の試験問題を受け取る約束をしていたのだ。
かもめの鳴き声と海原のさざめき。帆船が停留しているのが見えて、それを目指して波止場に着くと、輸送用の木箱を数名がかりで船から降ろしているところだった。
その指揮をしつつ、魔法で荷運びをしているのがマキシアン。
彼は商会のなかで、ブルーム地区を始めとする、国内取引を担当している。今日の船もブルーム地区からの荷を載せており、そのついでに王立中から問題をもらってきてくれた。
手が空いたのを見計らって声をかける。
「よう、お疲れさん」
「おー、オリバーわざわざ悪いな」
「いや、それはこちらこそだ。荷降ろし手伝うよ。荷馬車に積めばいいか?」
「まじ? 助かる。船の中で荷を軽く浮かして、船員が運びやすくしてくれたらありがたい。
木箱の端が赤いのは中に乾燥とうもろこしが入ってる。印がないのは羊毛。言うまでもないが、重さが違うから注意だ」
返事をして、縄梯子から船にあがる。船員にマキシアンの知人だと名乗って、荷物に手を触れて魔法をかける。
ほんのわずかに浮かせてから、その荷を船員に預けて、船の端まで運んでもらうのだ。荷は軽く押すだけで滑るように移動していく。それを繰り返す。
「すみません。同時に五個が俺の魔法の限界です」
「十分だ。おかげさまで早く仕事が終わる」
無愛想な者も多い船乗りたちが、ぼそりと礼を述べてくれる。笑顔で返事をしながら、決して失敗しないように、荷物を包むように魔法の素を操り続ける。
◆
あらかたの木箱を降ろし終えて、オリバーは船から波止場へと戻った。
「ありがとなー、船員を早く帰してやれそうだ」
マキシアンがそばに寄ってくる。
「役に立ててよかった」
「そんで、これが……報酬の王立中の問題だ!」
紙の束を受け取る。にやにやとからかうような態度を取ってくるので、素直に礼を言い辛い。
「……ありがとな」
「いやー、しかし、ここまで長かったなあ。ようやくオリバーが王立中受験、やる気になってくれた。毎年問題もらってたかいがあるってもんだ」
「ああ、それもありがとう。集めてくれてるの全く知らなくて、親父に言われて驚いた」
「ま、俺が勝手にしてただけだ。
スミス学舎で学んだのは、俺にとってなかなか輝かしい思い出でさ。やっぱあの伝説をもっかい見たいって思っちゃうんだよな」
「う……期待が重い」
「ふはは、このサンクの街から、また王立中出身者出してくれよ。
……あ、そういえば、なんで急にやる気になったんだよ。その辺、まだ詳しく聞いてない」
「話すけど、仕事大丈夫か?」
「おお、あとは荷馬車に任せてくる。ちょっとむこうの会館で待っててくれ」
オリバーはマキシアンが指さした赤レンガの建物へと向かいながら、手元の紙を捲る。実技、筆記ともにオリバーが受験した時から大きな変化はないようで、安心する。これならば、傾向も分かるし、対策に問題はない。
会館の入口で、問題に目を通しながら待っているとマキシアンがやってきた。
案内されるまま、従業員用の勝手口から中に入り、そこで椅子にかけた。
「はいよ、とうもろこし茶だ。いつ淹れたか分からん出涸らしだけど」
「おお……いただくよ」
日を浴びながら作業して、喉が渇いていたから、そんなお茶でも十分美味しかった。
「んーで、王立中受けるのってどんな子なんだ」
「こないだ話してた、若い父親の子どもだ」
「ああ、あの話の。名前は?」
「ギルバード・ウェルザリー」
「やっぱ知らんなあ。その姓なら、ブルーム地区に多いけど向こうから来たのか?」
「出身聞いたことない。でも、確かにここいらの生まれではなさそうな気がするから、そうかもな」
先日の目にらめっこなる謎の遊びも、他所の街で流行っていたものが、オリバーの住むサンクまで広まったのだと考えれば、世代的に知らなかったのにも納得がいく。
「ギルバード、なかなか見込みがあるんだ。沸騰、他の子がやってるところを見せたら一発でできた」
「まじか! 俺なんて半年かかったぞあれ」
一緒に習っていたから、それはもちろん知っている。当時、オリバーは祖父に言われて、マキシアンの横について、逐一魔法のやり方を彼に説明していた。
「なるほど、優秀なわけね。だからオリバーもやる気になったわけだ」
「ああ……そんな感じ」
なんでも話せるマキシアンにも、さすがに『若い父親に絆されてしまって』とは言えなかった。
「でも、なんで王立中行きたいんだろうな」
「父親の意向みたいだけど」
「見上げたお父さんだな。若いんだろ、いくつくらい?」
「見た目は二十代前半。実年齢は聞いてない」
「は? どんなだよ。見てみたい」
「ああ、ぜひ会わせたいな」
マキシアンが顎に手を当てて、こちらを眺める。
「……何?」
「いやあ、オリバーがこんなに楽しそうなの久しぶりに見た気がして」
その自覚はある。照れてしまって、色の薄いお茶に目を落とした。
「うん、まあ、おかげさまで、すぐに王立中の対策もできまして……」
「やりがいって大事なんだな。お前を奮い立たせるのは仕事以外の楽しみだと思ってたけど、違ったか。やっぱ仕事かー」
唸るように言われて、マキシアンが変に鋭いことを、オリバーは思い出した。カイのことを勘付かれないように、話を変えた。
「そういえば、次年度の王立中の要項っていつごろ出るんだろうか」
「秋口……毎年十月くらいだな。それも俺が交易ついでに取ってくるよ。あ、そういえば」
「なに?」
「次年度から、魔力演算が筆記の科目に追加になるんだと」
聞きながら、眉をしかめる。
「魔力……演算? ってあの、mを魔法定数として
「そうそう。あれ」
オリバーは頭を抱えた。
「まじか。俺、退学してるから初めの一部分しか習ってないんだけど」
「ああ、そうか。やばい?」
唸りながら頷く。
「やばい。教えられない。マキシアン分かるか」
「分かるわけなくないか」
「なんでだよ。お前は四年間いただろ」
「忘れちゃいました。まあ、でも言うて試験に出るのは簡単なことらしいからさ」
「そうかもしれないけど……あの王立中だぞ」
二人とも腕を組んで、ううむと唸った。王立中は最難関、その世論に反しない無茶振りを本番でかましてくる。
「あー……そうだ、いい考えがある。王立中で働いてる同窓に頼んで、オリバーが教えてもらうのはどうだ?」
「できるのかそんなこと」
「入試問題教えろって言うわけじゃないし。頼むだけしてみようか」
「いや、でも待て。それって、貴族の……」
「そうそう、ブランドン」
マキシアンは、ニコッと笑って言った。目の前の彼は魔法持ちに親切だが、一つ問題があるとすれば、その魔法持ちの人間性を全く気にしないことだ。
奴の名前はブランドン・アスター。
飛行魔法の講義中に、箒から落ちた貴族だ。祖父――スミス先生に受け止められて傷一つなかった、あの事件のきっかけの人物。
「なんとなく、気まずくて会えない……」
「あんな奴、別に気を使う必要ない。あの事件の後も相変わらずやばいことばっか言ってたし」
「平民が貴族を受け止めるのは当然とか、だろ」
「そうそう、クラスメイト全員から総スカンくらってた。まあ、なんでもいいじゃん。利用できるやつは利用しようぜ」
「うーん、ちょっと考えさせてくれ。俺が王立中に行くことになるだろうし、悩むな……。できるだけ向こうに、ギルバードと俺の存在を結びつけてほしくない」
奴に会いたくない気持ちが強く、何かと言い訳を探してしまう。
「気にしなくていいと思うが。あと、ブランドンはオリバーに会いたがってたよ」
「なんで!?」
心底驚く。好かれるようなことをした覚えはない。
「普通に同窓だからだろ。向こうも大人になってるし……流石に当たり障りなく喋れるんじゃないか。まあ、必要ならいつでも言ってくれ。俺のできる協力は惜しまないさ」
やはり王立中受験は一筋縄ではいかないようだった。オリバーは、考えるのにも疲れてしまって、腕を組んだまま、椅子の背にもたれた。
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