第四十三話 魔法持ちのキス

 宿の受付を済ませて、部屋の扉をくぐるとカイが抱きついてきた。ベッドに共に転がる。

 勢いに体が跳ねて、カイがくすくす笑った。可愛くてたまらなくて、その気持ちのままキスをした。


 このまま、服を脱がしてやりたい、と燻る頭の中で、しかし理性が働いて、はたと気づく。


「あ、悪い……髪の毛崩れるよな。スーツも皺になる」

 ベッドに仰向けで組み伏せておきながら、なんだが。オリバーは体を離す。


「そっか、確かに。髪ほどけるかなあ」


 カイがジャケットを脱いで、椅子の背に掛けた。薄いシャツだけになると、華奢な体の線がはっきりと分かる。

 オリバーは気が急きながらも、同じように上着を脱いで、首元をくつろげた。

 軽装になった二人は、ベッドの上、対面で腰を下ろす。


 カイは、結髪を解こうと後ろに手を回すが、いまいちどうなっているのか分からないようで、首を傾げている。

「やばい、自分でできないかも。どうなってる?」

 臀部を持ち上げて、体の向きを変え、オリバーに背を向けた。下半身のラインが扇情的で、そこにばかり視線がいく。


 髪を纏めている紐を引きながら、体を近づける。カイの太ももに片手を置くと、その体が強張った。緊張しているのか、と心配になる。触れたい気持ちを抑えて、撫でようとした手を止める。


 髪の編み目をほぐしながら、丁寧に梳く。香油だろうか。すっきりとした樹木の香りが鼻をくすぐった。


「いい匂いだな」

「うん……」


 少し、声の調子が暗い。気遣いたい気持ちはあるが、正直言ってオリバーにも余裕はなかった。とっくに下半身は熱を持って、主張している。


「……緊張している? それとも、怖い?」


 できるだけ優しく聞くと、カイがこちらを振り向いた。髪の毛を下ろすと、普段の彼という感じがして、また可愛らしかった。


「緊張、かも。なんか手が震える……」

 オリバーの手を握ってくる。言葉の通りだった。


 ああ、と呻きそうになりながら、オリバーは欲望、劣情諸々全部飲み込んで、カイの頭を優しく撫でた。……自分の理性を心の底から褒めたい。


「やめておくか? まだ明るいしな」


 部屋にはカーテンの隙間から西陽が赤々と差し込んで、つぶさに全てを照らしている。

 カイがこちらに向き合った。困った顔をしている。

 そして、無言で、オリバーの持ち上がったそれにぺたっと触れてくる。


「勃ってる」

「いや、当たり前だろ……」


 ちょっと嬉しそうにするので、オリバーはその頬を摘んだ。愛しいからこそ、憎たらしい。


「俺はずっと、好きだったんだよ、カイのことが。そういう目で見ないように気をつけてはいたけど、本心は抑えられない。……こいつ、嬉しそうにしやがって」

「だって……嬉しいよ。しょうがないじゃん」


 彼の頬をむにむにとつまんで、気を紛らわせることにした。カイが微笑みながら、オリバーの手を止めた。


 顔を寄せてくるので、キスだと分かった。目を瞑る。唇が触れ合う。柔らかくて、滑らかな表面が気持ちがいい。


 もっと、と欲しくなってしまって、舌で口唇に触れるとカイの体が固まる。

 その手がオリバーの胸にかかる。止められている気がして、顔を離した。


 弱った顔をする彼の手を握る。このままじゃ生殺しなんですけど、と内心困り果てつつ、どうしたいのか目線で聞く。


「ね、オリバー。さっきのしてくれないかな」

「さっきの?」

「あの、魔法で気持ち伝えるやつ。あれしながら、キスして」

「ん……下心いきそうで怖いんだけど……」

「おねがい」


 首を傾げながらねだられて、オリバーは頷くしかなかった。ずるい。

 

 頬に手を添えて、顔を上げさせて唇を重ねる。手のひらに集中するから、キスに気が向かない。性欲を堪えて、愛しさの方を強く意識して、それを肌に伝わせる。


 カイの体がゆるむのが手に取るように分かった。好きだ、という気持ちを伝える。愛している、と触れる。


 カイが唇を薄く開けて、舌を差し出してくるので、応える。粘膜が触れ合うと、滑らかに溶け合う心地がする。舌を通して気持ちが伝わるような気がして、魔法持ち同士ですると、キスってこうなるのかと、ぼやけた頭で考えた。


 いつまでも舌を絡ませていた。下半身の熱が膨れる。

 口づけをやめて顔を見ると、カイはぐずぐすになっていた。唇が唾液に濡れて、艶かしい。瞳がとろけて、力が入らないというように、ベットに身を預けた。首筋まで、興奮に染まっていた。


「やば……。これ、幸せで……気持ちよくてあったかくて変になる」


 頭のなかで、我慢の糸が切れた音がした。オリバーは、カイのシャツのボタンを丁寧に外して、剥き出しにした肌に口を寄せる。

 肩についている傷に唇で触れて、そっと舐めた。舌の表面がひきつれた凹凸を捉える。きれいに治すことができなくて、ごめん、と思った。けれど、その傷も全て、愛おしかった。


 西陽のなか、二人はお互いを求めあった。

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