第十四話 めにらめっこ

 十歳児クラスの計算の授業を終えて、オリバーは生徒が帰るのを見送っていた。あらかたの子どもが散らばり帰った後、二人の女の子が残る。いつも連れ立って帰っている仲良しの二人、エイミーとアンだ。


「二人とも、今日はお迎え?」

「うん、ママが近くでお買い物してるから、一緒に帰るよって言ってた。エイミーもお家近いから一緒に帰るんだ」


 母が来るまではそばで見守ろうと、オリバーは学舎の外で待つことにした。


 そこに、夕焼けを背にして、カイがやってくる。女の子たちは、珍しい動物でも見るかのように、黒ずくめのカイにじいっと視線を送る。


「こんにちは」


 彼はフードをおろして柔和に笑い、少女らとこちらに順番に視線をやる。


「こんにちはー!」


 二人は元気な挨拶を返す。そして、カイの顔をひとしきり眺めた後、照れてしまったようにオリバーの影に隠れた。


「怖がらせちゃったかな」


 その姿を見て、眉を下げた笑顔になり、オリバーに問いかけてくる。

 御伽話の王子様みたいなつらのやつが現れて、恥ずかしくなったのだろう。その気持ち分かるよ、とエイミーとアンに対して心のなかで頷きつつ


「ただの人見知りでしょう」


 と当たり障りのない返事をする。


「ギルももうそろそろ出てきますよ。お迎えお疲れ様です」

「いいえ。先生もお疲れ様です」


 四人で待っていると、少女たちは照れて隠れるのにも飽きてしまったようで、何かを始めた。

 何か、というのが、何なのかオリバーには見ていてもよく分からない。


 お互いに両手で顔を隠して、交互にそれを開いている。で、時々笑い転げている。遊びなのは察するが、ルールが見えてこない。


「あ、目にらめっこ。懐かしいなあ。ギルが小さいころよくやった。かわいい」


 カイが女の子たちと一緒に屈託なく笑う。


「めにらめっこ……? なんですかそれ」

「知らない? 目があったら負けなんですよ。いないいないばあの亜種みたいな」

「負け? どっちが」

「どっちも」


 競技性が皆無では、と言いたい。でも、あまりにも自分以外の三人が楽しそうで、水を差せない。


 王子様を笑わせたのが嬉しいのか、エイミーとアンがカイのそばに寄ってくる。


「ねえ、二人もやって」

「えっ、オリバー先生と俺?」

「やってやって」


 とんでもない。

 カイが口元に指を置いて、こちらを見上げる。イタズラっぽく細められた瞳に魅せられる。


「どうします?」


 顔が引き攣る。やっているところを想像するだけで大分恥ずかしい。


「オリバー先生やってえ」

「オリバー先生できないの」


 なんで、そんなにやらせたいんだ。

 カイは面白そうに、オリバーの言葉を待っている。


「大人同士ではしないの」


 あしらうと子どもらはまとわりついてくる。


「ええー、面白いのに」

「二人で遊んどけば十分楽しいだろ」


 と、問答をしていると、アンの母親が食料の詰まった籠を持って、学舎の前に来た。


「あーっ、ほら、お迎えきたぞ。こんにちは!」

「こんにちは、すみません。遅くなってしまって」

「いいえ。ほら、お母さん荷物が多くて大変そうだ。帰ろうね」

「ええー」


 不満を漏らしつつも、素直に母親の横につく。もう夕食の時間だから、お腹が空いているのだろう。


「さようなら」

「はーい、さよなら」


 三人の背中が小さくなるまで見送って、二人きりになってから、カイが笑った。


「オリバー先生の困った顔、面白かった」

「普通に恥ずかしいだろ、あんなことするの」

「そう? 俺は、懐かしくなってちょっとやりたくなった。……ギルもあんなふうに笑い転げてたなあ。もう今はやってくれないだろうけど」


 寂しそうな感じで言うので、顔を覗き込むと、目があった。


 で、カイがにやっと笑ってから、両手で顔を隠す。人差し指と中指の間から片目を覗かせる。問答無用だ。

 それを、我儘、と捉えるのではなくて、明朗な人だとオリバーは感じてしまう。その理由は言わずもがな。

 やって、と誘う瞳にかどわかされて、渋々彼と同じ動作をする。なんだこれ。


「じゃあ俺先ね」


 自分で覆った暗い視界に声が聞こえて、少し待ってから、手のひらを開いてみる。


 いきなり視線がぶつかって、お互いに驚く。どっちが悪いんだろう、これは。あまりにも息が合わなすぎるのでは。


 呆けたまま見つめ合うと、急に笑いが込み上げた。二人で腹を抱えた。


「何してんの」


 大人二人が大笑いしているところにギルバードがやってきて、平坦な声で聞いてくる。ナントとナタリーも一緒だ。


「オリバー先生がこんなに笑ってるとこ初めて見たかも」

 と言ったのはナタリー。


 あわてて笑いを収めようとするが、カイの方はそんな様子はなく、いつまでも笑っている。だからつられてしまって、止まらない。


 笑いを含めたまま、カイが言った。


「ちょっと遊んでた。ごめんごめん、帰ろうか」

「大人なのに……? まあいいや、お腹すいた。さよなら、オリバー先生」


 挨拶を返す。ナタリーとナントは反対方向に帰っていく。


 ようやく、笑いの発作が収まって息を吐く。カイの眩しい笑顔を思い出すと、いろんな意味を持って、頬が緩んで仕方ない。

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