第二十七話 敵の敵は味方

 マキシアンには、ブランドンの横に掛けてもらう。オリバーとカイは丸机を挟んで、その対面に座った。場が整う。


「手短に話す。質問があれば随時どうぞ。……で、先ほども言ったけれど、これは内緒の話だ。口外は一切禁止とする」


 眼前に座る二人を睨めつけるようにしてから、ブランドンは続けた。


「結論から言うと、僕は、ギルバードに爵位を継承してほしいと思っている。そして、それはブルーム卿も同じだ」


 カイとオリバーは顔を見合わせる。カイは青天の霹靂といった表情をしていた。


「お前、よく愚痴ってたけど……このままだと魔法持ちじゃないやつが伯爵になるからってことか?」


 マキシアンがさらりと口を添える。


「そ。魔法持ちの爵位継承がここ三代続いてる。百年近く、魔法持ちの統治だったわけだよ、あの島は。それを崩したくない

 というわけで、僕もカイちゃんのギルバードを王立中に入学させる計画には大賛成。褒めて遣わす」


「とんでもないです。その、アスター家の方々がギルバードのことをどうお考えになってるのか、俺にはさっぱり分からなかったので。そんな話になっているとは」


「表立って言えることじゃないしね。で、こちらも一枚岩というわけではない。さっきオリバーくんが言ってくれたけど……まあ、『ギルバードが、爵位継承権を持ってることで邪魔になる人』がいるわけだ。僕はうっかり名前を言えないけど」


 伯爵夫人。カイもそれを口にできないようだった。


「まあ、その人にも同情はするけどね」


 マキシアンが手を挙げる。

「その人って分かりづらくないか? 何かあだ名というか、指す言葉を決めたいんだけど」


「いいね。ゲスのあばずれ毒婦とかはどうかな?」

「悪口の語彙は豊富だよな、お前って。同情する気持ちが一切感じられん。却下」


 マキシアンににべもなく否認されて、ブランドンが舌を打つ。


「僕はそれ以外思いつかない。お前らが考えろ」


 三人で頭を捻っていると、カイがぽつんと呟いた。


「……トリカブト」

「どういう意味だ?」


 オリバーはその言葉を知らなかった。


「花の名前です。美しいけど猛毒なんだ」

「へえ、カイちゃんって会ったことあるんだ? あの人に」

「はい、朧げながら記憶があります」

「トリカブトみたいだった?」

「まあ、はい」


 カイが言いづらそうに肯定すると、ブランドンが噴き出す。


「いじめられちゃったか」

「早々にバイオレット様のお屋敷に俺を飛ばしたみたいなので、いじめる以上に相当嫌がられていたのは確かですね」

「ふーん。じゃあ、ま、トリカブトでいくか。いいね、薔薇ってほど美しくはないから、ピッタリだ」


 ブランドンが悠々と長い足を組み変えた。


「話を戻す。えっと、トリカブトの目があるから、こちらも表立ってはお前たちに協力することができない。で、ギルバードが王立中受験をする時、どういうことが起きるかって話だ」

「願書を出してからの動きってことか」


 オリバーがすかさず問う。


「ああ、まず確実に方々ほうぼうに知れ渡る。僕はアスター家といえど、身分を問わない王立中においては一介の教師だからねえ。人の口に戸は立てられない。トリカブトの耳にも当然入る。

 で、ここからは予想だけど、なんとかギルバードを処分したいあちらさんに、入試のためにブルーム地区に入った途端、徹底的に狙われる」


「本土にいる間は大丈夫なのか」


「油断はできないけど、自分の領地外では動かないんじゃないだろうか、と思う。死体の処理も満足にできないからね」

「ブルーム地区内であれば、それが容易にできるってわけ? 貴族こわ」

 マキシアンが顔を顰めた。


「簡単とは言わないけどね、難易度はグッと下がるさ。で、もう一度聞くけど。どうやってギルバードを王立中まで連れていくつもりなんだ」


 ブランドンは、常になく厳しい顔をして見せた。カイが答える。


「えっと、俺が付き添って送っていくつもりでした」

「ばか? 殺されて終わりだよ。オリバーくんはつかないわけ?」

「一緒に行く」


 目を合わせて言うと、カイはすまなそうに目元だけで微笑んだ。


「ていうかさあ」


 マキシアンが組んだ両手の上に顎を置き、口を開いた。


「今すぐ連れ帰って、屋敷でもどこでもギルバードを隠しておけばいいじゃないか。そんでブルーム卿に爵位継承してもらうとか。そんな回りくどいことしなくたって」


 確かにそうできるのなら話は早い。ブランドンに預けるのは心配だが。

 奴は、それを受けてやれやれという風にため息をついた。


「なんだ、その反応」

「言っておくけどねえ……僕って、トリカブトにも、もうすぐ爵位を継承するに違いない長男くんにもすっげえ嫌われてんのよ」

「まあ想像通りだけど、それは」


「本土入ってからは流石に付いてきてないけど、常に監視されてるわけ。学校の職務もあるし、今連れ帰って守り切れる自信がない。ブルーム卿は公務で基本遠くに行ってるし。それに、王立中に入るのが一番効くわけさ。奴を黙らせるにはね」


 伯爵夫人は、王の末の娘だ。そこから、アスター家に嫁いだ。その立場を考えると、王立中で無体を働くとは考えにくい。


「うちで王立中に通用するよう鍛錬して、ぎりぎりまで本土にいる。入試当日、ブルーム地区に渡る、というのが現実的で一番安全なわけか」

「うん、オリバーくんも絶対に二人についていって。で、当日は他の受験生もたくさん通るような、一般的な道順で行け。変に裏をかこうとして、人気のないところを通ったらだめだよ。殺される確率が上がる」


 オリバーはその日の動きを頭の中で組み立てる。ふと思い立ち、聞いた。


「俺がギルを乗せて空を飛ぶのは?」

「ここ数年で、僕たちが受験した時とルールが変わって、受験当日は飛行禁止だ。混雑がひどいから、安全策でね。やったからといってお咎めがあるわけではないけど、相当目立つ」

「そうか」


 では、ギルバードを庇いながら、地道に陸を進むしかない。


「あ、本土からブルーム地区までは俺の貨物船に乗ったらいいじゃん。旅客船は張られるんだろ? おそらく」


 マキシアンが提案した。願ってもないことだった。ブランドンも珍しく素直に微笑んで見せた。


「だね。貨物船で荷物と一緒に島へ入れたらベストかな」

「ありがとう」「ありがとうございます」

 礼を言うと、カイと被る。


「いいってことよ」

 マキシアンが、肘をついて笑った。普段よりも爽やかに見えるのは、若者の前で格好をつけているからかもしれない。


 唐突にブランドンが手を打った。音に驚いたカイの肩が跳ねる。警戒しているのだろう、ビクビクしていて気の毒だった。


「あ、そうだオリバーくん。いっこ付け加え! ブルーム地区では、遠慮なく魔法を使って大暴れしてくれていいからね。

 負傷者はいくらでも出していい。殺しもまあ二人までなら許容範囲。きちんとギルバードを王立中まで送ってくれさえすれば、僕がもみ消すなり庇うなり、罪に問われないようにしてやるから。

 僕からの粋な計らいだよ♡」


「……平和に暮らしているからあまり実感が湧かないが、本当にあちらさんは殺しに来るんだよな?」

「殺しにくるはずだ。いや、まあ、抵抗しなかったらギルバードは捕縛で済むかもしれないが、いずれは殺される。付き添いのお前らは問答無用で殺される。

 ……まあ、でも心配ご無用! オリバーくんの魔法で一掃しちゃおう」

「いや、逃げるに徹するさ」

「えー、でも。カイちゃんが捕まったらどうするの? 想像してごらん」


 うまく頭の中で像が結ばない。オリバーは、己のものよりも一回りは小さいカイの手を見つめて、よく考えた。

 カイは眉を顰めて、首を振る。


「いいよ、その時は俺のことは捨て置いて。ギルバードさえ無事に辿り着けばいいんだから」

「はーん、カイちゃんは腹が決まってるんだね。いやでも、オリバーくんは見捨てないよね?」

「当然、助けるが。そうだな……俺は眠らせるのも得意だ。使うとしたらそっちだな。ただ、人に魔法をかけること自体、あれ以来避けているから、うまくいくかは怪しいけど」


「ああ、つまんないなあ。まあ、あの魔法もすごいけどさあ。殺す覚悟持ってた方がいいと思うんだけどなあ」

「その、いい、ってのはお前にとって都合がいいってことだろ」


 ブランドンが笑った。誤魔化された。


「オリバー先生がるくらいなら、俺が殺すよ。巻き込んだのは俺なんだから」

 机の上にスープを置くような、そんな静かさでカイが言葉をこぼした。

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