第十三話 オリバー先生のお気に入り
「今日から一緒に魔法を勉強するギルバードだ」
学年が切り替わり、初等学校の六年次にあがったギルバードは、ナタリーとナントと共に授業を受けることになった。既に、筆記の授業を一緒に受講しているので初対面ではないが、子どもたち同士、親しく話をしたことはないようだった。
「ギルバード・ウェルザリーと言います。よろしく」
如才なく自己紹介を終えるギルバードを、二人は瞳をらんらんとさせて見つめている。
「私、ナタリー・グリーン。ギルって呼んでいい?」
「うん。好きなように呼んで」
「ギルもスターリー中志望なの?」
「いや、僕は王立中」
「王立中!?」
ハモって、ナントとナタリーは顔を見合わせた。
「ええ〜まじで? 無理じゃない?」
ナタリーが失礼なことを言うが、ギルバードは小さく笑って受け流した。
「ナタリーと、えっと……」
「こいつはナント」
「ナントはスターリー中に行きたいのか?」
「雑に紹介すんなよ。ナント・マーシャルだ。スターリー中志望。ギルは魔法上手いの?」
そう言って、オリバーの方に視線を向けてくる。
「センスはいい。ま、三人でいいライバルになってくれよ。授業始めるぞ」
王立中は、この国の最難関だ。そこを目指したいと平気で口にするギルバードは、同い年の子どもにとって、格好良くも見えるし、調子づいているようにも見えるのだろう。
「二人、水の沸騰を見せてくれ」
一月前からの課題だが、二人ともできたりできなかったり、なかなか安定しなかった。
少年と少女は真剣な顔で、手のひらに水と火を起こし、水を火で炙る。ここで耐える。ギルバードはその様子を観察するようにして見つめていた。
ナタリーが一瞬早く、水を沸き立たせる。じわりと湯気が空気中に溢れた。火を握りつぶして、湯は保ったまま、清々しく笑って見せた。おでこに汗が光る。ナントも続く。
「これで二回連続成功! どう? オリバー先生」
「二人とも、よくがんばった。ナントも、かなり火力調整が安定してきたな」
オリバーが両の手のひらを広げて見せると、二人はそこに向かって湯を投げる。受け止めて、それをひとまとめに混ぜる。
「ギルバード、どうだ。できそうか」
聞くと、手を上げて質問をしてきた。
「これって、沸騰するまでのスピードが早ければ早いほどいいんですか?」
「スピードも大事だ。これはスターリー中の試験題目の一つなんだが、制限時間が設けられるから。ただ、試験では二カップ分の湯を作れ、という指示になる。だから、最終的には量も求められるな」
めちゃくちゃいい質問だ、と内心思いながら、淡々と説明した。今日話したかったのは、それだ。
「ええ、二カップってどれくらい?」
ナントが焦ったように聞くので、まとめた湯を左手に捉えて、反対の手に追加の水を練る。微妙な調整が必要で、口の中で指示を呟く。
「葉のうちに溜まった朝露ほど。川で掬って手のひらに少し乗るだけの」
浮かび上がった水を、お湯と合わせる。ナタリーとナントの間に出すと、まるでそこにぼやけた文字でも映っているかのように、目を細めて見つめていた。
「これくらいだ。君らには、自分がどれだけの力を使えば一カップの水を作ることができるのか、理解してもらわないとならない」
オリバーは机の裏から、
「すっご、一カップぴったり……!」
「僕のもだ!」
二人が容器の中の目盛を覗き込んでから、オリバーに尊敬の眼差しを向けた。格好つけておきながらなんだが、少し照れる。うまくいってよかった、これで失敗していたらとんだ赤っ恥だ。
「じゃ、二人はこれで量を試してみよう。まずは水の段階で」
中身をそばのバケツに捨てて容器を空にして、そう指示を出した。
手持ち無沙汰のギルバードの前に立つ。
「先生ってやっぱすごいな」
「まあ、魔法の年季が違うから。さて、ギル。沸騰やってみようか」
「分かりました」
手のひらを見つめた後、たくさんの水、と呟くのが聞こえる。水がじわじわと体積を増やしていく。子どもの小さな手には余るほど、先ほど二人が作ったものを合わせた量の水ができる。
二カップには足りないが、おそらく同時に火を扱うことを考えた時の、現時点での彼の限界だ。
その水越しに眉間に皺が寄るのが見える。
「強い火」
単調に呟いて、握った紙片から安定した火柱が起こる。水を温めると、対流が起きる。あっというまに沸騰して、湯気が立つ。
オリバーはカップを手ずから持ってきて、ギルバードの前に差し出す。言わずとも理解したようで、そこに完成した湯を注ぎ込んだ。
さらっとやってのけるが、初めてでやり遂げるとは。想像していなかった。
「……一カップ分も足りない。結構難しくないですか? これ。湯気になって減ることを考えて少し多めに出さないといけないのか」
「その通りだ」
水を作り出しながら、耳はこちらに向けていたらしいナントが言う。
「まじでギル、魔法上手いじゃん……。ていうか、全然量分かんないな。湯気で減る分とか、どうやったら」
「多めに出して、ちょうどになるまで水を飛ばせばいいのかも」
「あー、もう、こういう細かい作業嫌いなのよね」
ナタリーらしい台詞だ。しかし、彼女は以前と違い、投げ出さない。
「でも、ギルがやるより前にやってやるから。オリバー先生のお気に入りの座は絶対渡さない」
険しい顔で、ギルバードを一瞥して再び水に向き合う。オリバーは苦笑いをした。
「いや、お気に入りとかないから……」
競い合える相手がいると、ぐんとその集団全体の力が上がる。これが家庭教師などの一対一ではなく、集団でする授業のいいところだ。
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