第四十話 微笑みと謝辞
サンクに戻って、日常が戻ってきた。と言っても、受験直前の空気というのは本来、非日常なんだけれど……。一生に一度も体験しないようなことが連続で起きたあの二日間が過ぎて
ナントもナタリーも、受験に向けてばっちり仕上がっていた。二日も不在にしていたから、不安にさせているんじゃないかと心配だったが、余計なお世話だったようだ。
「ギル、見送りもさせてくれなかった」
ナントは少し怒っていた。ナタリーは言葉にもしないほど、不機嫌だ。
いつ王立中に向けて発つのかというのは、念の為、三人だけの秘密にしていたから、この二人からすれば気づけば終わっていた、という感じだろう。
「悪かったな。あの子にも色々あるんだ」
「隠し事ばっっかり。ていうか、何? 急にいなくなったと思ったら王立中合格したって。格好つけすぎじゃないかしら」
ナタリーがツンケンして言った。宥めながら、ギルバードから預かった手紙をそれぞれに渡す。
すぐに開けて、二人は文面に没頭する。先にナタリーが読み終えて、瞬きを繰り返していた。
「……全部終わったら、三人で遊べたらいいな」
ナントがポツリと言葉をこぼした。ナタリーは静かに頷く。
「とりあえず、明日。ぶっちぎりで合格してやるんだから」
負けん気の強い台詞が、彼女の笑みには似合う。
「それで、貴族の屋敷でチョコパーティよ!」
「うん! 全部ギルに作らせよう」
……何を書いたんだ、ギルバードは。気になりながらも、聞くのは無粋で、オリバーは見守るだけだった。
◆
スターリー中の正門前、お守りがわりにギルバードの手紙を鞄の底に忍ばせて、受験会場に二人は入った。二組の親子を見送りながら、レイラの受験を思い出していた。あれから一年。歳を重ねるごとに、月日が過ぎるのが早くなっている気がする。
ふと、しみじみする。あの時にはできなかったことができるようになったのだ、と。
それは、治癒魔法への恐怖を克服できたこと。
カイの姿が脳裏を
親子の背中が見えなくなって、オリバーもその場を後にする。
自宅に戻ろうとすると、見知らぬ男がいた。紙の束を抱えて書き物の用意をしている。覚えのある光景にオリバーは眉を顰める。記者に違いない。
今更、何の用があるのだろうか。まさか、魔法で伯爵夫人を仕留めようとしたことが広まっているのか。嫌な汗が背中を伝う。
気づかぬふりをして通り過ぎようとすると、通せんぼされた。
「西シクルランド新聞の者です。オリバー先生ですよね?」
返事をするか迷いながら、相手を見やった。その表情の邪気のなさにやや気後れする。
「そうですが」
「やっぱり! こちらの学舎から、王立中合格者が出たという話を聞きつけまして」
「え? あ、ああ……」
思ってもいなかった言葉で、呆気に取られた。
「栄えある合格、おめでとうございます。サンクの街に住む者として、とても光栄です。お話聞かせていただけないですか?」
「どうも……、その」
「それから、できれば、その合格したお子さんともお話したいのですが、取り次いでいただけませんか?」
矢継ぎ早に言われて、目を白黒させながら、オリバーは首を振った。
「いえ、すみません。ちょっとバタバタしてるので。お返事は差し控えます」
それだけ言って、逃げるように家の中に飛び込む。
散々なことを書かれたのもあり、取材は好きではなかった。祝いの言葉を掛けられながらも、今度は何を書かれるのだろうとなんとなく気が重い。
「まあ、でも……あの事件の時に比べたら何倍とましだな」
息を吐く。この評判が広まったら、きっとうちの学舎に習いにきてくれる子どもも増えるはずだ。
父と相談して、どのように答えるのか決めなければ。受験が終わって一段落とはならないようだった。
上着を脱いで、壁にかけながら、カイのことを想う。ずっとこんな調子だった。ふとした時に浮かぶ。オリバーにはそれが心地よかった。胸の中が温かくなるのだった。
◆
その晩は、マキシアンと酒場に行った。受験前から約束していたことだった。本当はカイとギルバードも一緒に、という話だったのだけれど、それは叶わなかった。
酒を交わしながら、静かに話す。
「結果報告を……と言いたいところだけど、もう聞いちまったよ、俺」
「話広まってるってことか」
「うん。俺の周りの魔法持ちはみんなお祭りムードだぞ。肝心の主役が表に出てこないってんで、静かなもんだが」
「そうか……。まあ、一応、改めて。合格した。お前の力添えがなければ、不可能だった。ありがとう」
「おめでとう。よかったよ本当に。俺は別になーんもしてないけどさ」
オリバーは首を強く振るった。目の前の彼がいなければ、ブランドンとギルバードをつなぐこともできなかった。
「何言ってるんだ。本当に感謝してるんだ」
「そういうのいいよ。まあ……じゃあ、お礼に冒険譚聞かせてくれよ。色々あったんだろ?」
色々あった。あり過ぎて……どこから話せばいいものか。苦笑いしながら、カイが魔法を使えたという話から、始めることにした。
◆
「いや……よく無事受験できたな。大変過ぎるだろ。死にかけてるし」
全て語り終えると、マキシアンが信じられないというように目を剥いて言った。彼は反応がいいので、話していて楽しい。
「カイ、あいつ……。魔法使えたのかよ。すっかり騙された俺も」
「騙すとかっていうよりは、本人も半信半疑だったっぽいけど……」
「しかもそれでいきなり空飛ぶって。面白いなあ」
オリバーは頬を緩めて頷いた。今日の酒は美味しい。いつも通りのドライジンなのに。
「本当、見ていて飽きないんだ」
マキシアンが、それを聞いてニヤリと笑った。面白そうに見つめられて、オリバーは落ち着かない。
「なんだよ」
「嬉しそうな顔しやがって」
「は?」
「オリバーのやりがいの源はカイか」
婉曲な言い方でも、すぐに理解ができて、オリバーは赤面した。
『やりがいって大事なんだな。お前を奮い立たせるのは仕事以外の楽しみだと思ってたけど、違ったか』
以前、マキシアンが言っていたことを思い出したのだ。
「顔赤いぞ」
「いや、酒のせいだ」
「嘘つきー」
オリバーのことを散々揶揄った後、マキシアンは言った。
「カイは戻ってこないのか。こっちに」
「どうなんだろうな。アスター家にいた方が幸せかもしれない」
事実として述べた。
「そうかねえ。まだ若いし、子離れして一人暮らしってものありだと思うけどなあ」
「まあ、カイが決めることだ」
「俺んとこ来いよ、って言えば」
「……いや、無理」
「照れんなよ!」
また、揶揄われるが、今度はすぐに収めてマキシアンは親しげに笑った。
「もしカイが良ければだけど、うちの商会で働いてくれないかなあとか思ってさあ。魔法持ちが一人増えるだけで効率があがるから」
いい話だ、と思った。今まで彼がこなしてきた仕事より、怪我をする可能性は減る。
「まあ、カイがサンクに住むのなら、伝えてみるよ。今度、ギルバードの入学式で会うから」
「よろしく頼む。なんなら、俺が言ってやろうか。俺んとこ来いよ、かっこ職場、って」
「やめてくれ……」
「冗談だって」
楽しくてくすぐったいような、夜が更ける。
◆
教師としてのオリバーの評判は留まるところを知らない。
ナントとナタリーも無事にスターリー中に合格した。
王立中に子どもを通したい、といった問い合わせも入るようになり、離れた土地から訪れる親子もいた。
渦中の彼は、みんなを騙しているような気持ちになっていた。だって通したと言っても貴族だし……。もちろん実力で合格したのだと信じてはいるが、『スミス学舎の伝説再び』なんていうゴシップ誌の煽りを見ると、そこまでではない、と感じてしまった。
ただ、父と母が喜んでいるのは良かった。自分が事件を起こして、落としてしまった評判を、取り返すことができた気がした。
いくつかの取材に答えて、王立中志望の生徒と面談して、忙しく過ごす。今が教師として、絶頂期かもしれない。
オリバーは、その忙しなさの狭間、一息ついて深く呼吸をする時、カイのことを考えた。想うだけで良かったはずなのに、会いたいなとたまに感じてしまう。
喝采を浴びて、満ち足りているはずなのに。
たくさんの人から受ける絶賛よりも、あの子の微笑みと謝辞の方がずっと心に残っていた。
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