第四十一話 晴れの入学式
王立中の入学式は、晴天の下で行われた。
会場で待ち合わせたカイは、春の陽だまりのなかで、嬉しそうに笑った。髪の毛を複雑に編み込んだ髪型が、なんというか貴族っぽくて、少し気後れする。
あの燕尾服も、板についていた。オリバーは、目を細める。
「オリバー先生、久しぶり」
「ああ」
ナントとナタリー、それぞれの母親にお礼をしに行くといって、本土にカイが来て以来の再会だった。
距離感が掴めず、二人はわずかに言葉を継ぐのをためらった。
「……傷の具合はどうだ?」
「もう全く痛くない」
会話をしながら連れ立って会場に入り、保護者席を目指す。王立中の敷地内にある建物で会が行われるのだけれど、それは、街の大きな劇場も顔負けの立派なコンサートホールだった。
王の名の下に建てられたこの学校は、設備の全てにとかく金がかけられている。
周りは夫婦ばかりで、男二人の自分たちは若干浮いているようにも感じる。
しかし、カイは全く気にしていないようで、オリバーと目が合う度ににこっと笑った。
二人で席にかける。腰が沈み込むような上等なクッションが使われていた。くつろぎながら、カイと話した。
「髪型、似合ってる」
「ああ、これブランドン様がしてくれたんだ」
「ブ、ブランドンが……」
心の底から褒めたものに、嫌な奴が関わっていて声が引き攣った。
「あの人、ギルがいないと意地悪だけど、ギルがいたら色々助けてくれる」
カイは穏やかな様子で、肌艶もよかった。以前の美しいけれど、どこか薄暗いようなところはなくなって、ただの美人だった。人の視線を集める。
会が始まり、新入生が入ってくる。二十人ほどの精鋭たち。ギルバードを見つけて、カイが楽しそうに声をあげた。
「制服、かっこいいよね」
黒と見紛うような濃い藍色の詰襟のコートは丈が長く膝まで隠れる。合わせた前立てに銀のラインがまっすぐに入っている。オリバーも着ていた制服だ。懐かしい。
ちょっと見ない間に、ギルバードはまた背が伸びていた。
「制服、あっという間に合わなくなるかもな」
「本当に……俺、もう身長超されそうでまじ嫌」
可愛らしい愚痴に、オリバーは声を抑えて笑う。
生徒が着席して、ブルーム卿が登壇する。舞台に立つ長身の男はギルバードに目元がそっくりで、ブランドンが瓜二つだと喫驚していたのに納得する。そして、自身の入学式でも彼が話していたことを、ふと思い出した。
「……夫人は、大丈夫か」
周りの耳を考えて、言葉をだいぶ省略したが、カイには伝わる。頷いてみせた。
「あれから俺は一度も会っていない。卿を見たのも、あの謁見以来だし。屋敷にはいるらしいが、姿も見せない……特別、動きはないよ」
「そうか」
それを聞いて、王立中が全寮制で良かった、とオリバーは思った。屋敷にいては、居心地が悪いことが多いだろうと想像できたから。
背筋をしゃんと伸ばして、座る少年の後ろ姿は遠い。
「今日から、ギルはもう寮生活なんだよなあ。ちょっと寂しい」
同じくその背に視線を注ぎながら、カイは言葉を漏らした。
◆
式はつつがなく終了し、ギルバードと対面した。そばで見ると、より成長を感じる。
雰囲気すら変わっていた。まだ幼いながらも、風格がある。けれど偉そうなわけではない。うちから溢れる自信がそう見せるのか、貴族として教えを受けたのか。
身長も……もうカイを超しているのではないかと、見比べた。それを察して、カイがギルバードから離れる。
「ギルバード、入学おめでとう」
「ありがとうございます! オリバー先生、来てくれて嬉しいです」
口を開くと、知っている彼だった。オリバーはほっとする。
「ギル、制服似合ってるな」
「えへへ、ありがとうございます。あの、ナントとナタリー、元気ですか? 合格したっていうのは聞いてるんですが」
「ああ、手紙を読んで二人とも嬉しそうだった。三人で合格祝いのパーティしたいって、そう言ってたよ」
少年は、笑顔を浮かべたまま、口を引き結んだ。
「僕も会いたい……。今月末、会いにいってもいいかなあ」
「来れるのか? もちろんだ。二人にも伝えておく」
「お願いします。護衛付きかもだけど、ようやく自由な時間作れるはずだし」
「楽しみだ。ナタリーは泣いて喜ぶぞ」
「うそ」
「本当だよ。あの子、合格した時もギルバードと祝いたかったって泣いてたし」
「それ言ったのナントじゃなくて?」
「ナントにナタリーが慰められてた」
「意外すぎる」
照れくさそうにするのを見て、自ずと教室で騒いでいた様子が思い出された。微笑ましかった。
「今日から寮住まいだろ。最初は二人部屋だっけ」
「そうなんです。昨日荷物運んだ時に会ったけど、同室が貴族なんだ。びっくりしました」
「何言ってるんだ。お前もそうだろう」
「いや、まあそうなんだけど。やっぱ、未だに自分がそうだとは思えないというか」
ギルバードが、時計台を振り向く。
「ああ、もう教室戻らないと……」
静かに二人の会話を見守っていたカイが、ギルバードの名前を呼び、抱き寄せた。慈愛に満ちた声を掛ける。
「ギルバード、体に気をつけて頑張ってね」
「お父さんこそ。……そんな寂しそうにしないでよ。月末の休みは会えるし」
「うん」
「オリバー先生、本当にお父さんのことお願いしますね」
ギルバードが、父の背を叩きながら、こちらを見た。内心困りながら頷いてみせる。
ブルーム地区にそう頻繁にこれるわけではなかったから、気にかけるにしてもギルバードが満足するだけの行動に表せるか自信がなかった。
友人と連れ立って校舎に戻るギルバードを、見えなくなるまで見送って、カイと二人きりになる。横顔に寂しさが滲んでいる。励ましてやらねば。例え、頼まれていなくともオリバーはそうする。
「ええっと……、良かったら食事でも」
カイが頷いて、着けていた手袋を外して、前髪を触った。生傷ばかりだった手の甲は随分癒えている。のどかに暮らしていることが窺えた。
「うん、その。ご飯の前に。あの、時間があったら……俺のお気に入りの森があって。そこまで一緒に散歩しないでしょうか」
ぎこちない口調。オリバーは少し笑った。
「カイは、いっつも森だな……。いいよ、今日は泊まるつもりだったんだ。時間は十分にある」
「よかった、あっち」
案内に沿って、一緒に歩いた。保護者たちが帰る集団に混じる。
この街の道はどこも歩きやすい。煉瓦敷で、足が引っかかる出っ張りもない。サンクのように、浮浪者が屯していることもなく、治安が良くて住みよい街だと、少し散歩するだけで分かる。
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