親子と教師
第十一話 優秀な生徒
二人が帰ってから、オリバーもマーサもぽーっとしていた。親子で人の好みまで似るらしかった。
……いや、オリバーの父とカイは全く似ていないけれど。多分、母はただの面食いだ。
「素敵な人ね。いつの間にこんな話になってたの?」
「ああ、昨日の見回り中に声をかけられて」
二人揃って感嘆の息を漏らしつつ、呟く。
「しかし、似てない親子だった」「でも、似てない親子だったわね」
言葉まで被った。顔を見合わせる。
「なんだか苦労してそうよね。奥様はお亡くなりになったって言っていたんだけど」
「聞いたのか。よく聞けるなあ」
母の図太さに感心しつつ、独り身で息子を育てている苦労を想う。
「だって知っておかないとじゃない? お父さんだけなら何かと大変でしょうし」
「まあ、それはそうだけど」
「ギルバードくんはお母さん似なのかしらねえ。しかし、お父さん大変よ。ごみ引きしてるって言ってたけど、王立中、もし入れたとして学費払えるのかしら」
「昨日、その話はしたんだ。なんとかするって言っていた」
「……オリバー、あなた。相当情が入ってない? あの二人に。お父さんに話す前に、ここまで話進めるなんて」
オリバーは黙った。その通りだった。正確に言うと、カイに入れ込んでいるのだけれど、そんなことは言葉にできない。
「一生懸命だったから、ちょっとな。……父さんにはもちろん俺から話すよ」
「ああ、そうしなさいな。言っておくけど、お母さんは大賛成よ。世の中の役に立つことだわ」
母が、機嫌良さげにそう言った。
◆
授業がない時間、父は教員控室の自分の机に腰を落ち着けて、いつだって教材と向き合っている。オリバーが子どもの頃から、変わらない後ろ姿だ。
筆を走らせる手が止まった時、オリバーは父に声をかけた。
「父さん、今いいか」
父・アドルフがこちらに体を向ける。オリバーと同じ色をした毛髪には、よくよく見ると白いものが混じる。老眼鏡を外して、凝り固まったらしい肩を回していた。
「どうした? 改まって」
「いやあ、あのさ。こないだ、王立中を受けたいって父親が来ただろ?」
「……ああ、母さんから聞いたのか」
オリバーは緊張しながらも、できるだけ簡潔に述べる。
「そんな感じ。で、あの後改めてそのお父さんと息子と話したんだ。見込みがある子だ。うちで面倒を見たくて」
父は訝しげに眉を少し寄せた。
「……大丈夫なのか。あの時のお前はすごく辛そうだったから、もう王立中に関わりたくないんだと思っていた」
「ああ。結構悩んだんだけど、親御さんが俺の事件を知っている上でお願いしてきてくれたから。……王立中の対策自体、一から勉強しなきゃならないくらい、俺にはブランクがあるけど。できるだけ応えたくて」
父の表情は変わらない。こういう人だった。笑っているのも怒っているのも、あまり見たことがない。子ども心にそれが不思議で、幼い頃はよく父の手を握って、感情を確かめていた。
けれども。いや、その経験があるからこそと言うべきか。
今のオリバーは手で触れなくとも、父が喜んでいるのが分かった。
「そうか。お前が決めたならいいさ。魔法は私の専門外だし、オリバーに任せたいと思っているよ」
父の様子に、ありがたいような微笑ましいような、形容しがたい気持ちになる。
「ああ……ありがとう」
「……そうだ、奥の物置に一緒に来てくれないか」
立ち上がる父に言われるがまま、ついていく。生徒名簿や古い教材、そのほか備品が詰まった部屋の隅にある、地味な木箱を父が開いてみせた。
中には、冊子がずらりと詰まっていた。促されるまま、一冊手に取り、開いてみる。
「……これ、王立中の過去の実施要項と入試問題、か」
受験する生徒がいない間も、父はこれらをわざわざ収集してくれていた。そこに、言外の気持ちを見る。祖父への尊敬の念と、オリバーへの期待。
「すごい、何年分あるんだ。ていうかいつの間に」
「二十年分はある。じいさんが亡くなった後は、マキシアンが毎回学校からもらってきて、寄付してくれてたんだ」
「まじか。……あいつ」
労力を想像して胸を打たれる。そんなこと一言も言っていなかったじゃないか。
「今年度の分も、もうじき持ってきてくれるはずだ。お前が受け取っておいてくれ、オリバー」
頷き、しゃがみ込んだまま開いた問題に没頭した。
「こんな埃っぽいところじゃなくて、机で読めばいいだろう。戻るぞ」
呆れたように声をかけられて、オリバーは箱を抱えて立ち上がった。今なら、何時間でも机に向かえそうな、そんな気分だった。
◆
ギルバードの成長は目覚ましかった。魔法の素をよく感じ取れるということは、操作も易々とできるということではあるが。それにしても、だ。
彼は、オリバーが一つ言うだけで、そこから七も八も吸収する。
「なるほど、この肌に触れているのが魔法の素なのか。やっと意味が分かった」
そう言って、続けて何も教えずとも、空気を動かしてみせた。締め切った部屋に風が吹く。
習得が早すぎる。
できない子だと、下手したら水を出せるまでに半年はかかるが、ギルバードはそれを三日でものにしてみせた。
学力もそこそこである。
「本当に見込みがあるな」
学力判定の試験について、採点を終えた父・アドルフが、ギルバードを呼びつけてそう言った。
用意した試験の科目は国語、計算、歴史、地理、自然科学の五科目。王立中含めて、中等学校を受験する上で必須の筆記科目だ。
「初等学校では習わないところもあっただろう。どうやって勉強したんだ」
父に聞かれて、ギルバードは嬉しそうに体をもじもじさせた。
「お父さんが、教科書や問題集を持って帰ってきてくれるから。それで家で勉強していました」
「そうか。よく一人でここまで……。一般筆記の方は今の力で十分だ、さっそく明日からでも授業に参加してもらって構わない」
筆記に関しては、中等学校を目指す生徒を集めて、魔法持ちも一緒くたになって授業を受ける。習わなければならない範囲が、魔法中も一般の中等学校も大方同じため。
「よろしく、ギルバード。魔法以外だったら、どの教科の質問も受けることができるから、何かあったら先生のところにおいで」
アドルフは握手を求めて、手を差し出した。ギルバードは意気揚々とその手を握る。
相手の体から魔法の素が流れ込んでこないよう、操る方法も彼は当然、既に習得していた。
王立中については前のめりでなかったギルバードは、魔法を習ったり勉強をしたりすることには貪欲だった。
オリバーはワクワクしていた。それは、優秀な生徒に期待してしまう気持ちだった。
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