親子と教師

第十一話 優秀な生徒

 二人が帰ってから、オリバーもマーサもぽーっとしていた。親子で人の好みまで似るらしかった。

 ……いや、オリバーの父とカイは全く似ていないけれど。多分、母はただの面食いだ。


「素敵な人ね。いつの間にこんな話になってたの?」

「ああ、昨日の見回り中に声をかけられて」


 二人揃って感嘆の息を漏らしつつ、呟く。


「しかし、似てない親子だった」「でも、似てない親子だったわね」

 言葉まで被った。顔を見合わせる。


「なんだか苦労してそうよね。奥様はお亡くなりになったって言っていたんだけど」

「聞いたのか。よく聞けるなあ」


 母の図太さに感心しつつ、独り身で息子を育てている苦労を想う。


「だって知っておかないとじゃない? お父さんだけなら何かと大変でしょうし」

「まあ、それはそうだけど」

「ギルバードくんはお母さん似なのかしらねえ。しかし、お父さん大変よ。ごみ引きしてるって言ってたけど、王立中、もし入れたとして学費払えるのかしら」

「昨日、その話はしたんだ。なんとかするって言っていた」

「……オリバー、あなた。相当情が入ってない? あの二人に。お父さんに話す前に、ここまで話進めるなんて」


 オリバーは黙った。その通りだった。正確に言うと、カイに入れ込んでいるのだけれど、そんなことは言葉にできない。


「一生懸命だったから、ちょっとな。……父さんにはもちろん俺から話すよ」

「ああ、そうしなさいな。言っておくけど、お母さんは大賛成よ。世の中の役に立つことだわ」

 母が、機嫌良さげにそう言った。



 授業がない時間、父は教員控室の自分の机に腰を落ち着けて、いつだって教材と向き合っている。オリバーが子どもの頃から、変わらない後ろ姿だ。


 筆を走らせる手が止まった時、オリバーは父に声をかけた。

「父さん、今いいか」


 父・アドルフがこちらに体を向ける。オリバーと同じ色をした毛髪には、よくよく見ると白いものが混じる。老眼鏡を外して、凝り固まったらしい肩を回していた。


「どうした? 改まって」

「いやあ、あのさ。こないだ、王立中を受けたいって父親が来ただろ?」

「……ああ、母さんから聞いたのか」


 オリバーは緊張しながらも、できるだけ簡潔に述べる。


「そんな感じ。で、あの後改めてそのお父さんと息子と話したんだ。見込みがある子だ。うちで面倒を見たくて」


 父は訝しげに眉を少し寄せた。


「……大丈夫なのか。あの時のお前はすごく辛そうだったから、もう王立中に関わりたくないんだと思っていた」


「ああ。結構悩んだんだけど、親御さんが俺の事件を知っている上でお願いしてきてくれたから。……王立中の対策自体、一から勉強しなきゃならないくらい、俺にはブランクがあるけど。できるだけ応えたくて」


 父の表情は変わらない。こういう人だった。笑っているのも怒っているのも、あまり見たことがない。子ども心にそれが不思議で、幼い頃はよく父の手を握って、感情を確かめていた。


 けれども。いや、その経験があるからこそと言うべきか。

 今のオリバーは手で触れなくとも、父が喜んでいるのが分かった。


「そうか。お前が決めたならいいさ。魔法は私の専門外だし、オリバーに任せたいと思っているよ」


 父の様子に、ありがたいような微笑ましいような、形容しがたい気持ちになる。


「ああ……ありがとう」

「……そうだ、奥の物置に一緒に来てくれないか」


 立ち上がる父に言われるがまま、ついていく。生徒名簿や古い教材、そのほか備品が詰まった部屋の隅にある、地味な木箱を父が開いてみせた。

 中には、冊子がずらりと詰まっていた。促されるまま、一冊手に取り、開いてみる。


「……これ、王立中の過去の実施要項と入試問題、か」


 受験する生徒がいない間も、父はこれらをわざわざ収集してくれていた。そこに、言外の気持ちを見る。祖父への尊敬の念と、オリバーへの期待。


「すごい、何年分あるんだ。ていうかいつの間に」

「二十年分はある。じいさんが亡くなった後は、マキシアンが毎回学校からもらってきて、寄付してくれてたんだ」

「まじか。……あいつ」

 労力を想像して胸を打たれる。そんなこと一言も言っていなかったじゃないか。


「今年度の分も、もうじき持ってきてくれるはずだ。お前が受け取っておいてくれ、オリバー」


 頷き、しゃがみ込んだまま開いた問題に没頭した。


「こんな埃っぽいところじゃなくて、机で読めばいいだろう。戻るぞ」


 呆れたように声をかけられて、オリバーは箱を抱えて立ち上がった。今なら、何時間でも机に向かえそうな、そんな気分だった。



 ギルバードの成長は目覚ましかった。魔法の素をよく感じ取れるということは、操作も易々とできるということではあるが。それにしても、だ。


 彼は、オリバーが一つ言うだけで、そこから七も八も吸収する。


「なるほど、この肌に触れているのが魔法の素なのか。やっと意味が分かった」

 そう言って、続けて何も教えずとも、空気を動かしてみせた。締め切った部屋に風が吹く。

 習得が早すぎる。


 できない子だと、下手したら水を出せるまでに半年はかかるが、ギルバードはそれを三日でものにしてみせた。


 学力もそこそこである。

「本当に見込みがあるな」


 学力判定の試験について、採点を終えた父・アドルフが、ギルバードを呼びつけてそう言った。

 用意した試験の科目は国語、計算、歴史、地理、自然科学の五科目。王立中含めて、中等学校を受験する上で必須の筆記科目だ。


「初等学校では習わないところもあっただろう。どうやって勉強したんだ」


 父に聞かれて、ギルバードは嬉しそうに体をもじもじさせた。


「お父さんが、教科書や問題集を持って帰ってきてくれるから。それで家で勉強していました」

「そうか。よく一人でここまで……。一般筆記の方は今の力で十分だ、さっそく明日からでも授業に参加してもらって構わない」


 筆記に関しては、中等学校を目指す生徒を集めて、魔法持ちも一緒くたになって授業を受ける。習わなければならない範囲が、魔法中も一般の中等学校も大方同じため。


「よろしく、ギルバード。魔法以外だったら、どの教科の質問も受けることができるから、何かあったら先生のところにおいで」


 アドルフは握手を求めて、手を差し出した。ギルバードは意気揚々とその手を握る。


 相手の体から魔法の素が流れ込んでこないよう、操る方法も彼は当然、既に習得していた。

 王立中については前のめりでなかったギルバードは、魔法を習ったり勉強をしたりすることには貪欲だった。

 オリバーはワクワクしていた。それは、優秀な生徒に期待してしまう気持ちだった。

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