第十八話 親のやる気
本格的に王立中の試験対策を始めてから、ギルバードは、ナントとナタリーとは異なる練習を一人している。
最近の彼を見ていると、魔法の勉強をしにくるというよりは、友人と駄弁るために来ているような様子だった。非常によくない。以前はあった、魔法へのやる気が失われている。
ちなみにナントとナタリーが志望する、スターリー中の実技試験の内容は、『十分以内に二カップ分の湯を作りなさい』『テキストの指定のページを開きなさい』『親交の気持ちを伝えなさい』である。いずれももちろん魔法を用いて。毎年この三題が出題される。
ギルバードはその全て、もうできるようになった。飲み込みが早いと簡単にできるような、基本に近い題目なのだ。
ナタリーはテキストのページをめくろうとして、たまに破いてしまう。ブツクサ言いながらも破ったページをのりで貼りあわせて修理しては、めげずに力加減を調整して試す。
ナントは、手のひらを試験官と合わせておこなう、気持ちを伝える課題がまだできない。空いた時間には、ギルバードに練習に付き合ってもらっているようだった。
魔法講義の合間の休み時間、オリバーが前で三人の筆記の課題にチェックをつけている間、少年二人は手のひらを合わせて話をしていた。ナタリーはそれを肘をついて見守っている。
ナントが、ギルバードと合わせた方の手に力を込める。小刻みに腕が震えている。
「……どう、今伝わってる?」
「いや、全然。僕からやってみる」
「……うん、流れ込んでくる。ああ、感覚が掴めそうで掴めない」
「愛が足りないんじゃない?」
ナタリーが横から言った。彼女はふざけているわけではない。真面目なアドバイスだ。
実際、彼女はこの魔法についてはギルバードを凌ぐような早さで習得した、というか自然とできるようだった。助言できる立場にある。
オリバーの経験上、感情を皮膚に伝わせるこの魔法はどういうわけだか、女の子の方が習得が早い。王立中でもそういう話は小耳に挟んだ。探せば研究結果としてすでに実証されているのかもしれない。
「でもさあ、愛がないとできないなら、お前オリバー先生以外の人だとできないんじゃないか」
ナントが首を傾げながら言う。
「確かに……。ギル私にも手、貸して」
この場合の手を貸すは慣用句ではなく、物理的に。ナタリーの広げた手のひらに、ギルバードの手がピッタリと合う。
特別、何も唱えず、彼女は目を瞑った。
「分かった?」
「伝わった、けど。親交ではないだろ、この気持ち」
「あーばれた。ごめん、嫉妬とか妬みとかがいっちゃったかも」
あっけらかんとナタリーは言う。
「嫉妬? ナタリーが?」
「ギル、魔法めっちゃ上手いし。王立中、目指せるのいいなあとか。最近思うから」
どこか大人びたような仕草で、顔を伏せてため息を吐く。オリバーも初めて見るような彼女の様子に、少年二人は慌てた。
「ナタリー……本物か?」
ギルバードが合わせた手のひらはそのまま、気遣って言った。いや、気遣ったの、か……?
「何よ、ちょっと落ち込んでみたらその言い草」
「いや、だってナタリーはふんぞり返ってないと」
「そんな風にみてたの、ナント」
拗ねた顔を見せる。少し考えてから、ギルバードが口を開いた。
「僕にとっては、ナタリーとナントの方が羨ましい」
「なんで?」
「だって、一緒にスターリー中に行けるから」
それを受けて、二人は首を傾げる。ギルバードがオリバーの様子を横目で伺ったのが分かった。
こちらにも伝えたいことがあるらしい。耳は傾けつつ、手元の課題に再び目を落とす。
「……それは、そうかもしれないけど。王立中行きたいんでしょ?」
「いや、別に……」
「そうなの?」
「特別目標があるわけじゃないから。ナタリーは、本当は王立中行きたいのか?」
「うーん、魔法学校に行きたい。だからスターリー中でいいんだけど、色々クリアできるなら、王立中とまでは言わなくてももっと難しい学校に行きたかったかなって感じ」
「魔法学校行きたいってのはなんで?」
「魔法を使ったファッションショー、小さい頃に見て。それが憧れなの。うちの家で作っている洋服で、やってみたい」
この学舎を初めて訪れた時にも胸を張って答えた、ナタリーの夢。それを変わらず彼女が持っていたことに、オリバーは少し感動する。
魔法を使って、洋服の細部を崩さぬように自立させて、細工なしで布を自由に動かす。そんなショーは流麗で夢のよう、らしい。
「いい夢だな。ナントは?」
「僕は、空を飛びたい。中等学校行ったら、空飛ぶ資格もらえるから」
「そういえば、それも楽しみね」
ナタリーが笑顔になる。ナントがその反応を受けて、嬉しそうにする。
今度は、ギルバードがどこか落ち込んだような顔をしていた。
初期からずっとある懸念がついに現実となってしまって、オリバーはこめかみを押さえた。別にナントみたいな軽い目標でもいい、目指したいと心の底から思える理由が何かしらないと、最後まで受験勉強をやりきれないのだ。難しい学校ほど、それはより顕著。
「はい、じゃあ。練習再開するぞ。で、ギルバード」
呼びかけると、その背が伸びる。微かに反抗的な色が滲む目でこちらを見る。
「今の話はお父さんに話せ、お前が王立中受験するって決めたから、お父さんは授業料払ってくれてるんだ」
「でも、お父さんが目指せって……言ったから……」
そう言いながらも、確かに自分が頷いて始まったということも記憶にあるようで、歯切れ悪く黙り込んだ。
ナタリーが見かねたように、声をかけた。
「いいお父さんじゃん。全寮制の学校に行かせてくれるなんて、相当ギルのこと信用してるんだよ。うちのお母さんなんて、女の子なんだから、絶対に家から通いなさいって言って。一番近くのスターリー中しか許してくれないのよ」
ギルバードは、瞬きをして、聞き返した。
「全寮制って?」
「学校の寮に住んで暮らすってこと。いいよねえ。親から離れて暮らすの、憧れちゃう」
ギルバードの表情がさらに翳ったような気がした。
◆
その日、迎えに来ていたカイと立ち話をした。ギルバードは学舎の中で待たせる。
「ギル、最近家ではどうだ」
「うーん……最近はつまらなそうで、あんまり授業の話もしてくれなくなって、ちょっと心配」
「だよなあ。学舎でも同じだ。今日はついに、友だちと一緒にスターリー中に通いたいって言い出したし、王立中の試験対策にも身が入らない」
「そっか、やっぱりやる気ないよな」
「ギルには王立中を目指すだけの意欲がない。王立中に通わせたいってのはあくまで親のあんたの目標だ」
「……たしかに、俺の、目標なのかも」
「だろ。だからやる気を保つのが難しい。できれば作ってやりたいけど。そもそも、なんで王立中に通わせたいんだ?」
カイは、視線を下に向けて、程なく唇を噛んだ。
「言えないのか」
相変わらず自分のことは明かさない。少しうんざりして、思わず呆れたように言葉が漏れた。
「ううん、その。王立中の生徒は、王の名のもとに守られ、何人たりとも危害を加えることは許されない、でしょ」
「……ああ」
「それがいいんだ。あと、王立中を卒業できたら、絶対に職には困らない。親としてはそれだけでも行かせたいと思う、ものじゃないか」
ギルバードの出自には何かがあるらしい。カイが必ず送り迎えをしているように、守られないといけないような、事情。
察して、とても歯がゆい。根底を隠されていては、協力しきれない。
「いつか、事情を話してもらえたらありがたいんだが。ギルは真面目にやれば、王立中でやっていけるだけの能力がある。今、やる気を失っている状況が、もったいなくてたまらない」
「……うん」
「ギルの話、色々、聞いてやってくれ」
頷いて、迷いを含んだ瞳がオリバーを見る。その瞳を覗き込んでも、本当のことは映らない。
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