第九話 兄弟みたい
学舎内の応接室で、ウェルザリー親子と向き合っている。カイは相変わらずのダボついたクロークを身につけていて、その横に掛けているのが、彼の息子。
金の髪を短く刈り上げた少年は、青い眼を瞬かせている。この年頃にしては、随分背丈があり、手足も長い。彼は背をまっすぐに伸ばして木の椅子に座り、置き物のように大人しかった。
「改めて、こんにちは。私はオリバー・スミスだ」
「こんにちは」
「君の名前は?」
「あ、僕はギルバード・ウェルザリーです」
ギルバード少年は、特段顔色を変えずに口にしたが、その隣でカイはにこにこしていた。どうにも気が抜けそうなほど、かわいい。
オリバーは、それに釣られるように微笑んで、ギルバードに手を差し出した。彼はその手と、オリバーの顔を交互に見て、これがどういう意図なのか図りかねているようだった。
「あ、ギル、握手」
カイに横から言われて、少年は慌てて手を握ろうとして、ためらった。
「どうかしたのかい」
理由を察しながら、オリバーは問うた。ギルバードははっきりしない態度で手を宙にふらつかせた。
「どうしたのギル」
カイは、不思議そうに息子の顔を覗き込む。
「大丈夫だ。緊張も心配もしなくていい」
オリバーは、ギルバードと目を合わせて、頷いて見せる。その言葉に含まれた意味を理解したのか、不安げな色を浮かべたまま、手を握った。
そして、少しの間があった後、少年は目を輝かせた。交わした握手に力がこもる。
「よろしくお願いします」
先ほどまでとは違う、意思のある語気だった。
「ああ、よろしく。ギルバード。お父さんから話は聞いたが、王立中を目指したいということで間違いはないか」
「正直、あんまりよく分かっていなくて。ただ魔法を習いたい気持ちがあります」
オリバーは思わずカイを見た。はて、という顔をしている。
なるほど、親の気持ちが先行しているようだった。よくあることだ。
勉強をしたい子どもは多くない。この学舎に通う生徒も、親に言われるがまま、中等学校を受験するのが大半だ。それか、親の手の上で上手いこと踊らされて、「あの学校に行きたい!」と思い込んでいるとか。
「そうなのか。それならば、受験は考えずに魔法を習うことができる講座もあるけれど、そっちがいいか? それなら授業は月二回でいい。受験しないなら十分だと思うが」
それで済むのならば、オリバーにとっても都合がいい。
ギルバードが考え込むと、カイが割り込んだ。
「父親としては、王立中に入れるように努力してほしい」
その言葉を受けて、改めて目の前の二人を眺めた。カイが己を父と呼んだことに、やはり、強烈な違和感がある。ギルバードの発育が良いのもあって、齢の離れた兄弟と言ってもらった方がまだ馴染む。
「でも、お金がかかるだろうし」
ギルバードが、ぽつりと言った。
「別にいい。お金なんて気にしないで。ずっと言ってるけど、ギルにいい学校に行ってほしい」
「……分かった。じゃあ、王立中で」
あっけなく丸め込まれたギルバードに、オリバーは嫌な予感を覚えた。親に言われるがまま、でなんとかなるほど、受験勉強は甘くはない。こと王立中に関しては、そこらの学校とは、語弊を恐れずに言うのなら、格が違う。
「ちょっとギルバードと二人でお話をさせてもらってもいいですか」
カイに問いかけると、途端、困った表情を見せた。何か言いたそうに伏し目がちになる。まつ毛が長くて綺麗だなと心の片隅で思いつつ、仕事中だ、と努めて厳しい顔を保つ。
「悪いようにはしないので」
「……分かりました」
渋々といった様子で、立ち上がるカイのために応接室のチョコレート色のドアを開いた。共に部屋を出る。教室から椅子を引っ張ってきて、座るように勧める。
「オリバー先生。王立中、受験できるようにしてやってほしい」
思案顔で見上げられると、その表情を晴らしたいと気持ちが逸るが、できるだけ心を平坦にする。
一年後、うまくいくように先を見て事を運ばねばならない。
「分かってるって。ただ、そこを目指すためにやらないといけないことがある」
曖昧に頷く彼を見て、言葉を続ける。
「……ところで、もう一度聞いておくけど。身内の腕を魔法で千切って、そのせいで王立中退学になった俺に、本当に任せていいんだな。
正直、学校側が俺のことを今どう思っているのかは、俺も知らない。何かしら問題が起きても、責任は取れないが」
「オリバー先生、すごい気にしてるけど、それってそんなに問題?」
「……俺のアキレス腱なんだよ。気にしないなら別にいいさ」
「たとえ退学してしまったとしても、自分のところにいた生徒が、先生になったら嬉しいものなんじゃないの。あなたにお願いしたい気持ちは変わらない」
なんでもない顔で、やけに説得力のあることを言う。
オリバーは、ギルバードが待つ応接室のドアを開きながら、先ほどの彼の言葉を心のなかで反芻した。納得半分、不服半分。世の中、そんなに気のいい人ばかりではないだろう。
部屋に戻ると、ギルバードは自分の手のひらをしげしげと見つめていた。
「あの、オリバー先生。さっきの握手のやつ。その」
興奮気味に話しだすのに、相槌を打つ。
「僕、魔法持ちだからなのか、人に手で触れると、その人の感情が分かってしまうんですよ」
「ああ、そうだと思ったよ。それで、握手をためらったんだろ」
「うん。正直、分かるの嫌だから……。でも、オリバー先生の感情は伝わってこなかった」
「伝わらないように魔法の流れを制御したから」
「そんなことができるんだ……もう一度、いいですか?」
心底感動した、という顔で手を差し出してくる。それに応える。
オリバーには彼のこれまでの苦労が目に見えるようだった。
世界には、魔法の素とも言える粒子が溢れている。
魔法の素は、目には見えないながらも空気中に溢れていて、いつだって体にまとわりついている。魔法持ちであれば、肌に触れているのが感じ取れるのだ。
その粒子を操ることで魔法を使っている(魔法の原理については諸説あるが、これが現在最も有力なものだ)。
素は体内にも流れていて、魔法持ちでない人間もそれは変わらないようだ。感じとれるか、否かの違いだけで。
『水に浸かっているような感覚?』
そう父に聞かれたことがあった。確かに、それに近い。水中ほど抵抗があるわけではないし、生まれた時からこうなのだからもう慣れた。けれど、疲れている時には煩わしく感じてしまう。ある種の雑音。
他人の感情が伝わってくるのは、人に触れると魔法の素が皮膚をつたってくるからだ。それが感情を運んでくる。
ただし。
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