第33話

緊張で気分が悪くなる。



インターホンを押す手が震えて、うまく押せずに何度も押そうとしてやめる。



決意したとはいえ、やっぱり怖い。



お腹に触れる。



「力、貸してね……」



まだほとんど形にはなっていないけれど、ちゃんと存在しているかけがえない命に、語りかける。



手に力を入れて、インターホンを押す。



応答がないまま、数秒して扉が開く。



「はぁ……お前さ、何で鍵あんのに毎回インターホン押すのかね」



手を優しく取られ、ゆっくり引き寄せられる。



「体調は?」



「うん、大丈夫。心配してくれてたの?」



もう片方の手で私の頬を包み、親指で頬を撫でた。



「当たり前だろ。心配し過ぎて、久しぶりに仕事でちょっとミスったわ」



手を引かれながら部屋へ入ると、リビングのテーブルには、書類が散乱してパソコンが開かれていた。



休日出勤していたのか、いつも仕舞われているカバンが見える場所に置かれている。



「仕事してたの? 邪魔した?」



「仕事はしてたけど、お前が邪魔なわけないだろ。仕事でもしてねぇと、お前の事が気になって仕方ねぇんだよ」



頭をガシガシ掻きながら、バツが悪そうにそっぽを向く。



「まだ顔色悪いな。病院は?」



「そう? 大丈夫だよ。それより、話が、あるんだけど……」



頬を滑る指が止まって、真剣な顔をする。



「……別れる気はないけど?」



「ち、違うよっ……別れ話じゃなくて……」



「最近お前様子おかしいし、体調不良はまぁ、ほんとみたいだけど、それにしては出かけてたりするし」



海吏も不安だったのだろうか。少し眉を下げながら言う姿に、心臓がギュッとなる。



「とりあえず座れよ。コーヒー入れる」



「あ、水で、いい……」



「水? 何だ急に」



「さっき、コーヒー飲んだばっかり、だからっ……」



何とか納得したのか、ミネラルウォーターを入れてくれる。



待っている間、テーブルに一枚のハガキが目に入る。



そこには、赤ちゃんの写真がプリントされていた。



普段勝手に見る事はないんだけど、自然と手が動いていた。



「何見て……あぁ、知り合いに子供出来たらしい」



これは、チャンスかもしれない。



「海吏は、さ……子供、好き?」



「まぁ、嫌いじゃないな」



「じゃ、欲しいって……思う?」



緊張しながらした質問に、私の隣に座ってコーヒーを一口飲んだ海吏が、天井を見る。



「うーん、どうだかな。いつかはとは思うけど……ただ、自分の子って考えると、全然想像つかないな。まず自分が父親になるビジョンが見えない」



背中がヒヤリとした。



心臓がバクバクしている。



やっぱり、海吏は子供を必要としていないんだろうか。



吐き気がして、目の前が真っ暗になる。



「何? 子供欲しいの?」



「ふぇっ!?」



耳元で囁くように、突然の質問返しが来て、変な声が出た。



「ははは、動揺し過ぎ、冗談だよ。俺もお前も仕事人間だしな。やっぱ想像出来ないわ」



マズイ、涙が出る。



鼻がツンとして、視界が滲む。



泣く。と思った瞬間、体は素早く反応して、立ち上がった私は玄関へ向かう。



「おいっ、瑞葵っ! 待てってっ!」



追いかけてくる海吏を振り向く事も出来ず、涙が流れる事すら気にする余裕がない。



手首が掴まれる。



「どうしたんだよ、急に……何で泣いてんだよ……」



「ひっ……ふっ……」



とめどなく溢れる涙を拭う事もせず、子供みたいにただ泣きじゃくるしかなくて。



そんな私の顔を上げさせようと、海吏の手が伸びるけど、私はそれを拒否するように顔を背けて腕で顔を隠す。



「俺が悪いなら謝るから、泣くなって……」



優しく抱きしめられる。



優しくしないで。離れられなくなるから。



お腹の子の為にも、強くならなきゃいけないのに、一人で立っていられなくなる。



嗚咽を漏らす私を、軽々と抱き上げて、目が合う。



「泣き顔もなかなかエロいな」



「ばっ、かっ……んっ……」



後頭部に手を添えて、そのまま唇が重なる。



何度か角度を変えてキスをされ、ゆっくり離れる。



「どうしたら、機嫌直してくれる?」



困ったような、寂しそうな捨て犬みたいな目で見られて、戸惑ってしまう。



「怒ってるわけじゃ、ない……」



「じゃ、どうした? 話してくれないと、分からないだろ。ちゃんと聞くから、話して」



瞼にキスが落ちて、海吏が優しく微笑んだ。



やっぱり、この人が好き。



離れたくない。



そう思うと、また涙が溢れて頬を濡らした。

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