第34話

温かいお茶を喉に流し込み、一息吐いた私の頭を優しく撫でる大きな手。



「落ち着いたか?」



「うん……」



特に何か言われた訳でも、まだ話をしたわけでもないのに、今は何故か大丈夫な気がする。



さっきより、気持ちがだいぶ楽だ。



海吏も、急かす事なく私の言葉を待ってくれている。



私はいつまでも座ってるだけという訳にはいかないので、海吏の方を向いて座る。



「あの、ね……」



声が震える。



「ゆっくりでいい」



手を握って微笑む海吏。



しっかりしなきゃ。ちゃんと、話さなきゃならない。



「子供が……出来た、の……」



「……ん? 誰が?」



「……私?」



手が離れ、海吏は自らの額に当てて俯く。



「それは……もちろん俺との子って、事だよな?」



「う、うんっ……」



深い息を吐いた海吏に、血の気が引いて、恐怖が体を支配する。



また涙が滲む。



「思ってたより、ヤバいな……」



「ごめっ……」



「は? ちょ、ちょっと待て、何でお前が謝るんだよっ……つか、また泣いてんの? 意外と泣き虫だな」



涙を拭う海吏は、凄く優しく微笑んでいて、涙が止まらなくなる。



「じゃ、俺パパじゃん……やば、ニヤケるわ」



ここまで嬉しそうに、顔をクシャりと歪めて笑う海吏を見る事が、普段はなかなかなくて驚いてしまう。



「産んで、いいの?」



「当たり前だろ。それ以外に選択肢あるかよ

。まさか、堕ろすとか言わねぇよなっ!?」



勢いよく肩を掴まれて、迫られて小さな悲鳴が出る。



「言わない、けど……海吏さっき、想像つかないって……ビジョンが見えないって……」



「想像するのと、本当に存在するのとじゃ全然違うだろ」



そう言って、私のお腹にゆっくりと手を当てて、優しく撫でた。



「ここに、いるんだよな……何か、すげぇな……感動だわ……」



フニャっと笑う海吏の目が、少し潤んだような気がしたのは気のせいじゃないだろう。



「ははは、また泣く。ったく、ほんと泣き虫なママだな」



ママと言う響きに、少しくすぐったくなりながら、安堵して力が抜けたのか、また溢れる涙を拭われながら、笑う。



「ずっと、悩ませてたんだな……しんどかったよな。気づいてやれなくて、ごめん」



抱きしめられて、背を撫でられる。



言葉にならなくて、もう大丈夫だと言う意味を込めて首を振って、自らも抱きついた。



「もう、絶対泣かせないから」



抱きしめる力を強めた海吏が、囁くようにそう言った。



少し抱き合っていた体を離し、泣くしか出来ない私の両頬を手で包み、顔中にキスを落としていく。



「ちょっと待ってな」



頭にポンと手で触れて、突然立ち上がる海吏を不思議に思って見ていると、寝室に向かって行き、少しして戻ってくる。



手に、何かを持っている。



「ちゃんとしたのはまた一緒に見に行くとして、とりあえずこれで我慢しててな」



微笑んで言うと、海吏は真剣な表情に変わる。



「ずっと大切にする。俺が一生二人を守ってくから、俺の傍で笑ってて欲しい」



胸が高鳴り、顔に熱が集まる。



目の前に差し出された可愛らしい小さな箱が、ゆっくりと開かれた。



「もしかしたらまた不安になったり、不満が出たりするかもしれないけど、瑞葵が苦しんだり泣いたりするのは嫌だから、そういうの全部取り除いてやりたい。だから瑞葵もちゃんと話して。俺には瑞葵が必要だし、瑞葵がいない未来なんて考えられないから」



こんなに真剣でまっすぐな言葉が注がれ、心臓の動きが激しくなって、どうにかなりそうだ。



両手を口元に当てて、必死で泣き出すのを止めようとするのに駄目で、私は今日で何度泣くんだろう。



「俺と、結婚して下さい」



箱の中で自らの存在を主張するかのように、綺麗に光るペアのリング。



「はい、よろしくお願いします」



私が泣きながらそう答えると、海吏が子供みたいな笑顔で笑う。



お互いの指に指輪をはめる。



ずっと気を張っていた私は、大きな息を吐いて項垂れた。



「もう俺以外の前で泣くな。泣くなら俺の前だけで泣け。色んな意味で、な?」



「バカ……」



ふざけた事を交えながら言って、白い歯を見せてニカッと笑う海吏。



そしてまた抱きしめられる。



海吏の温かさに包まれながら、私は目を閉じる。



この腕の中は、安心出来る場所で、私の居場所なんだと言ってくれているみたいで、離れないようにしっかり手を回す。



「世界中が羨ましがるくらい、いっぱい幸せになろうな」



「うん」



抱き合う力を強くして、しっかり返事をして頷いた。



頭にキスが落ちて、抱きしめられた手に再び力が込められる。



「あー、クソ……駄目だ、ニヤける。顔の緩みが止まらねぇ……」



肩に額をグリグリと押し付けられ、擽ったさに身をよじる。



私が思っている以上に、海吏ははしゃいでいるみたいだ。



こんなにも喜んで貰えるなんて、思っても見なかったから、嬉しくてこっちまでニヤケてしまう。



「そうそう。お前はそうやってずっと可愛く笑ってろ」



キスをされて、微笑む海吏を見上げる。



真剣な顔の海吏と数秒目が合う。



「あ、あんま見つめんな……抱きたくなる」



「あ……そ、っか……」



言われて、まるで初めてかと思うようなリアクションになって、俯く。



「……調べるか……」



「うん……」



今回ばかりは、海吏と同じ気持ちだから、お腹の子に負担がないように、でも私達二人の為にもなるように、二人でパソコンに向き合った。



何やってるんだと思うけど、体が海吏を欲して疼いているのも確かで。



黙ってパソコンと向き合っていた海吏が、口を開く。



「激しくしなきゃ、ヤれない事はないらしい」



「うん」



突然こちらを振り向いて、お腹に手を当てる。



「強いんだな、子供って。ほんと、命ってすげぇよな……」



お腹を撫でながら、しみじみ言う海吏に同意しかない。



「早く、会いたいな」



「うん、そうだね」



海吏の手の上から手を添えて答える。



自然と、視線がぶつかった。



言葉なんて要らなくて、磁石みたいに引き寄せられる体。



最初から深くキスをされ、漏れる吐息すら奪われていく。



「んぅっ、ンっ、はぁっ……」



「はぁ……キスしただけで俺、もう既に勃ってんだけど……。つか、正直お前と目が合った瞬間からちょっと勃ちはじめるとか……中坊かよ……」



それだけ私を求めてくれていると思うだけで、嬉しくてまたニヤケてしまう。



「笑うなよ。仕方ねぇだろ、愛が溢れてんだよ。悪いかよ」



「ううん、悪くない。私もだから」



そう、私も同じ。



海吏に見つめられて、触れられてグズグズになるから。



ゆっくりだけど、いつもより興奮が凄い気がする。



「体、平気か?」



「ぁ、ん……」



頷いたけど、違う意味でダメだ。



緩やかに動かれる心地良さが、逆に刺激になって、体中が震える。



心まで満たされるとは、こういうのを言うのか。



凄く、気持ちいい。



「ど……しよっ、ぁ……ダメっ、頭、溶けちゃぃ、そ……」



「すっげっ、気持ちよさそう……はぁ、激しいのもいいけどっ、んっ、これはこれで、ヤバいなっ……ぁ……っ……」



海吏もちゃんと気持ちよくなってくれていると分かるから、お互いの肌の温もりをしっかり刻み合う。



終わった後も、寄り添う事をやめずにずっとひっついている。



その手は、絡み合っていて、もう片方は二人してお腹に当てていて、それがもう二人にとって自然な動きになっていた事に、笑いあった。

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