エピローグ
第35話
行動力が物凄い事を忘れていた。
さすがは仕事が出来ると自ら言うくらいには、物凄く素早い仕事ぶりだった。
「後は当日を待つだけだな。いやぁ、楽しみだな」
「楽しそうだね。普通こういうのって、女性側が楽しみにするのにね」
はしゃぎながら、鼻歌まで歌っている海吏が、式場のパンフレットを改めて見ている姿に、笑ってしまう。
「お前は楽しみじゃねぇの?」
不満そうに言う海吏に、笑いながら口を開いた。
「もちろん、楽しみだよ。でも、緊張の方が大きいかな」
ドレスを試着している時間も、式場を選んでいる時間も、私より楽しそうな海吏を見ている時間も、全部が楽しくて、嬉しくて、年甲斐もなくウキウキしていた。
けど、どうしてもこんな大きなイベントの主役だというプレッシャーと緊張は拭えない。
「何勿体ない事言ってんだよ。お前が一番楽しまないと意味ないだろ」
頭をクシャクシャとされる。
確かに海吏が言う事に一理ある。
せっかく海吏が、私の為と一緒に選んでくれて、動き回ってくれたんだから、楽しまないとバチが当たる。
「そうだよね」
「あぁ、はしゃぎまくれ」
満足そうに笑った海吏に、私も笑顔を返した。
海吏の手際の良さのお陰か、準備はスムーズに進み、あっという間に本番を迎える。
「やっぱり緊張する……気持ち悪い……」
「大丈夫スか? どんな時でも動じずに堂々としてる先輩も、やっぱこういう時は緊張するんスね」
伊崎に失礼な事を言われている気がする。私をロボットみたいに言わないで欲しい。
「何言ってんのさ、瑞葵は結構すぐ緊張するタイプだよ」
「そうそう、高校の時のミスコンでも同じ事言って緊張してたの思い出したわ」
相変わらず私をよく知っている遼介の言葉に、朱里が同意する。
いらない事を言わないで下さいよ朱里さん。
何気に気が合うのか、すぐに打ち解けた二人が並ぶ。
緊張している私を他所に、ミスコンの話題で盛り上がる面々に、少しだけ緊張が和らいだ気がした。
「こらこら、主役を放置しない。おー、ここにいる花嫁さんは、攫いたくなるくらい綺麗だな」
雅也さんが入ってきて、彼らしい言葉で褒めてくれる。
「この姿で並ぶのが俺の隣じゃないってのが残念だが、ずっと手塩にかけた瑞葵が幸せになるのは、素直に嬉しいよ。おめでとう」
「ふふ、ありがとうございます」
雅也さんの分かりにくい冗談に笑いながら、お礼を言う。
時間を告げるプランナーさんの声に、皆が会場に戻っていく。
一人になった部屋で、小さなテーブルの上にある手紙を見る。
中には、下平さんからのメッセージが入っている。
“海吏はあなたしか目に入ってないし、仕方ないから諦めてあげる事にするわ。あなた達より幸せになる予定だから、あなた達も幸せにならないと承知しないから”
最後に“おめでとう”と書かれて締めくくられていた。
手紙をもらえるとは思っていなくて、少し泣いてしまった。
最近日に日に涙腺が弱くなって来ている気がする。
部屋がノックされ、海吏が顔を出す。
しっかりキメている海吏に、緊張とは違うドキドキを与えられながら、近づいてくる海吏に向き合う。
「ご気分は? 俺の可愛くて綺麗なお嫁さん」
「だいぶ緊張も解れてきました。でも、目の前の素敵な男性にクラクラしてきました」
腰に手を添えて見下ろす海吏が、いつも以上に格好よくて、心臓がうるさい。
「知ってる。今お前、エロい顔してるし?」
「バカ……」
意地悪な笑みで囁く海吏の声に、ゾクゾクして身を震わせた。
「これ以上やったら、ここで襲いかねないんで、とりあえずは後のお楽しみ、だな」
「ふふ、何それ」
笑う私の腰に今度は手を回して、体を密着させて優しく微笑む。
「誰にも見せなくないくらい、すっげぇ、綺麗だ」
「ありがとう。海吏も心配になるくらい格好よすぎる」
額をつけて笑い合う。
ノックされ、時間が来た。
自然と手を繋いで、指が絡まる。
もう、絶対離れる事がないように、強く。
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