第3話
うちの会社がよく集まる居酒屋で、みんな楽しそうに飲み会が進む中、何人かが出来上がり始める。
「鳴沢さん、飲んでますかぁ?」
「ずるーい。私も鳴沢さんの隣に座りたいのにーっ!」
女性陣が鳴沢に群がる中、私は隣に座る遼介とゆったりお酒を楽しんでいた。
「これ美味しいっ!」
「だろ? 俺のおすすめなんだよ。でも、甘めだから、あんまり飲みすぎたら、すぐに回るから気をつけろよ? まぁ、万が一そうなっても、ちゃんと俺が看病してあげるけど」
こちらを見て、遼介がいつもの爽やかな笑顔の裏に、何かを含んだように笑う。
たまにするこの笑い方は、何を考えているのかが見えないからか、少しだけ怖い。
「遠慮しとく」
「何で? 俺もちゃんと甘やかしてあげるよ?」
言って、遼介は私の垂らしている髪を、指で掴んで唇に持って行って口付ける。
怪しく笑う彼の顔は、いつもとは違って少し色気を帯びていた。
「酔ってんの? 私を口説いてどうすんのよ。もっと若くて可愛い子いるでしょーが」
不覚にも少しドキリとしてしまったけれど、平静を装い髪に触れる手を払う。
「おっと、ツレないなぁ。酔ってないし、俺結構本気なんだけど」
更に距離を縮めて、見つめられる。
口元は笑っているけれど、目はやたらと真剣だ。
なんて顔をするんだ。イケメンめ。
「お酒の席で告白とか、ありえないから」
持っていたお酒に視線を戻し、残りのお酒を飲み干した。
ふわりと香るアルコールの匂いと、喉と胸を熱くさせる液体の感覚に浸る。
「あらら、駄目か。ちょっと酔ってきてるだろ? 顔火照ってるし。今なら付け込めるかと思ったのに、残念だ」
言って私の頬を、大きな片手で包む。
確かに、少し頭がふわふわしている。けど、まだ完全に酔った訳じゃないから、目の前の同僚の告白をあしらえるまでには、意識はあるつもりだ。
「手冷たい……気持ちぃ……」
「それはよかった。ったく、エロい顔しちゃって……。俺じゃなかったら連れて帰られるよ?」
頬にある遼介の手の気持ちよさに、頬を擦り付けて目を閉じる。
ダメだ、酔いが回り出してきたみたいだ。
「水頼むか?」
「ん……」
水が来るまで、壁に背を凭れかけて息を吐く。
「大丈夫か? 帰るか? 送るよ?」
「んー……そうね……みんなまだ盛り上がってるけど、意識がある間に帰った方がよさそうね」
苦笑して、騒ぐ他のメンバーを見渡した。
そして、一人の男と目が合う。
先程とは違って、席が少し近づいていた。
ジェスチャーでスマホを見ろと指示があり、不思議に思いながらその通りにスマホを見た。
そこには“荷物持って外出てて”とのメッセージが。
意味が分からず彼を改めて見るけれど、彼はいつの間にかいなくなっていた。
「帰んの? じゃ、俺送る」
「大丈夫。一人で帰れるよ、この辺タクシー乗り場すぐだし」
「えー、塩谷先輩帰っちゃうんスか? 俺もっと先輩と話したかったのにぃーっ!」
立ち上がると、もう片側に座っていた後輩が残念そうな顔をする。
彼は普段から何かと頼りにしてくれていて、懐いてくれている可愛い後輩だ。
小型犬のようで、耳と尻尾が見える。
「ごめんね、また今度ゆっくりね」
頭を軽く撫でてやると、嬉しそうに笑う。
「塩谷先輩また甘やかしてるっ! 駄目ですよ、こいつすぐ調子乗るんだからっ!」
「そうそう、こういう男は甘やかしちゃ駄目ですっ!」
周りの女性陣やら彼の同僚達がまた騒ぎ始める。
それに笑いながら、私は納得しない様子の遼介と他の面々に軽く別れを告げ、店を出た。
外の風が気持ちよくて、目を閉じて深呼吸をする。
少しふらつくけど、心地よくて笑う。
「おい、大丈夫かよ。ふらつきながら一人で笑うなよ、不気味だぞ」
「うっさいわね」
煙草を吸いながら壁に凭れて、こちらを見て笑う鳴沢。
「何か用なの? ていうか、いつの間に店出たのよ。よく女の子達離してくれたわね」
何も言わずに私の手首を掴み、店と店の間にある狭い路地のような場所に連れて行かれる。
「ちょっと、何っ!?」
背中を壁に付けた状態で立たされ、顔の横辺りには鳴沢の腕が見える。
これは、壁ドンというやつだ。
「遼介とイチャイチャしやがって、ムカつくな……」
「は? 何言ってんのよ……」
「遼介が好きなのかよ」
「あのね……あんたさっきから何言ってんのよ……。酔ってんの?」
よく見たら頬が少し赤い気がする。
鳴沢を見上げて頬に触れると、眉を下げた鳴沢がその手を掴んで、手の平に口付ける。
鳴沢の熱い視線に、心臓が跳ねた。
「答えろよ……」
何でそんな甘えるみたいな顔をして、変な質問をするんだろう。
「遼介は大切な同僚よ。あんたも同じでしょ? あんただって……」
「俺も、ただの同僚?」
「あんた今日はやっぱり変だよ。酔ってるなら早く帰って寝なよ」
私の手を握っていた部分に力が入る。
「ちょ、痛いっ……」
「俺は……ずっと、お前をただの同僚だなんて、思ってねぇよ……」
「鳴さっ……んンっ!」
顔が近づいたと思った瞬間、唇に柔らかい感触を感じた。
何、これ。
キスをされているのだと気づくのに、少しかかってしまった。
「ふっ、ぅんンっ! はっ、ンっ!」
「はぁ……瑞葵……」
低く囁かれた名前は、物凄く甘く響いて、体を熱くする。
キスの気持ちよさと、お酒の力もあって、私は鳴沢の首に腕を回して、キスを受け入れていた。
甘く激しいキスに酔いしれ、どのくらい長く続けていたのか、唇が離れた時にはもう、私の目には鳴沢がただの同僚ではなく、男としてしか写ってはいなかった。
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