第一章

第4話

私も、さすがに経験がないわけじゃない。



ただ、いい思い出がないから、そういう行為には多少なりとも抵抗があった。



流れるようにホテルに入り、縺れるようにキスをされながらベッドへ倒れ込んだ。



「なるっ、ちょっと、まっ……」



「ここまで来といてっ、んっ、はっ、やっぱりなしは、認めねぇから……」



「んっ、ちがっ……ンっ、ふっ、はぁ……そうじゃなく、て……もうっ、待ってっ!」



不満そうな顔で、私の上に乗ったまま私を見下ろす鳴沢は、眉間に深い皺を寄せている。



「私っ、その……今まで、ちゃんと気持ちよくなった、経験が……ないのよ……」



今まで彼氏になった男達は皆、私を不感症だと言って離れて行った。



正直、悩んだ時期もあったけど、今では諦めていて、男となるべくそういう関係にならないようにしていたのに。



愛撫ですら、痛みが伴う事すらあったから、少し怖かったりする。



話をただ聞いていた鳴沢が、ため息を吐いた。



呆れられてしまった。



そりゃそうだろう。こんな面倒な女、わざわざ自分から抱こうなんて思う男はいないだろう。



「期待外れでごめんね。分かったでしょ? だからどいて……」



「どかねぇし、やめるつもりねぇよ」



体を起こそうとした私の肩を、優しく押し返す。柔らかなベッドの感触が、体を包む。



「は?」



「それって、今までの男が下手だったってだけだろ。俺をそいつらみたいな下手くそと一緒にすんじゃねぇよ」



言うと、スーツの上着を脱いでネクタイを外す。



それが酷く妖艶で、ゾクリとする。



「俺の体が忘れらんねぇって疼くくらい、トロットロにしてやるから、覚悟しろよ」



「それは……困る……お手柔らかに……」



「お前相手に、それは無理だな。どれだけ我慢してたと思ってんだ……」



触れるだけのキスから、ゆっくりねっとり絡みつく深いキスに変わる。



この男のキスは、夢中になる。



この先がどうなってしまうのか、駄目なのに、怖いのに、期待してしまう。



こんなに上手いキスは、生まれて初めて体験する。



頭の芯が痺れて、息が上がる。



それでも、唇を貪る行為をやめる気はない。



それは鳴沢も同じようで、私の舌を絡めとって、弄ぶ。



「はぁ……お前、唇柔らかいよな……」



「何、それ……」



親指で下唇を撫でられ、右の口角を上げて笑う。それにドキリとする。



無駄に顔がいい男は、何をやっても絵になるんだな。



「ずっとこの唇に、キスしたいって思ってた……」



そんな態度、一度だって見せた事ないのに、今そんな事言うなんて。



不覚にも、心臓が反応してしまう。



「何言ってんのっ……」



顔に熱が集まって、恥ずかしくなって顔を隠す様に横を向いて腕を顔に持って行く。



「隠すなって……こんな顔、そうそう見れるわけじゃねぇし、それに、今からもっと恥ずかしい事すんだし、もっといい顔見せてくれんだろ?」



「ば、ばかっ……へ、変な事、言わないでよっ……」



いたたまれなくなり、横を向こうとするのを阻止される。



意地の悪い笑みを浮かべ、私のブラウスのボタンをゆっくりと外していく。



物凄く、ゆっくりと。



焦らされているみたいに、一つ一つボタンを外していく動作の遅さは反対に、心臓はどんどん早くなって行く。



もどかしくて、でもそれが体の疼きを促して。



「今お前、めっちゃエロい顔してる……」



恥ずかしいのに、鳴沢の声に、行動に、疼きは止まらなくて、加速していく。



お酒のせいだと言いたいのに、腹が立つくらい意識ははっきりしていた。

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