第24話

幸いと言ったものか、仕事が立て込み始めて、仕事以外の事を話す事はほとんどなかった。



若干私がそれを避けていると言った方が正しいのも事実。



出勤も退社もすれ違う事が多くなって、今の私には丁度良かった。



今は、海吏に何を言えばいいのか分からないし、もし何か言えたとしても、変な事を言ってしまいそうだから。



仕事に専念している方がいい。



なるべく、二人を見ないように、自分のやるべき事だけに集中する。



海吏を返して宣言してから、やたらと海吏に固執する下平さんはあからさまで、海吏もこちらを気にしながら仕事をしているのが、見えてしまい、また勝手に気まずくなる。



「彼女の態度、凄いね。海吏は私のよって感じだね」



「ははは……」



「顔引き攣ってるよ」



苦笑しながら、遼介が私の頬を優しく摘んだ。



「これはチャンスかな?」



摘んでいた手をそのままゆっくりずらし、髪に指を絡ませた。その手を唇に持っていく。



「遼介……私で遊ばないで」



「えー、結構本気なんだけどなぁ。瑞葵は手厳しいね」



言いながら、まだ手は髪で遊んでいる。



「鳴沢先輩が離脱したんなら、俺も参戦しはいとですよね」



離れた場所にいたはずの伊崎が、いつの間にか隣にいる。



「おっと、ライバルが増えた」



ニコニコしながら、遼介が楽しそうにしている。



伊崎も何気に楽しそうだ。



この二人は本当にどこまでが本気なのかが、イマイチよく分からない。



「うわぁー……鳴沢先輩の殺気が凄っ……」



「あはは、ほんとだねー。でも、自分が瑞葵を放っておいてるのが悪いんだから、自業自得だよね」



遼介の笑顔が黒い気がするのは、私だけじゃないはずだ。



止める人間がいないのをいい事に、二人は私を挟んでやりたい放題だ。



そうなると、伊崎が言っていた海吏の様子が気になるわけで。



なるべく自然に海吏の方を、チラリと見てみる。



予想している以上に、バッチリと視線がぶつかり、体がビクリと跳ねた。



怒りなのか、何なのか、とにかく物凄く熱くて、激しい視線が刺さって、動けない。



まるで、蛇に睨まれたカエル状態だ。



なのに、不思議と怖さはなくて、言い表せない感覚。



目が、離せない。



「塩谷、鳴沢、ちょっといいか?」



雅也さんに呼ばれ、ハッと我に返る。



目を逸らし、急いで雅也さんの傍に行く。



「悪い、二人で急遽出張して欲しいんだ。取引相手は前にも会った事がある企業だ」



海吏と並んで雅也さんのデスクの前に立つ。



「あの……かい……鳴沢は分かるんですけど、何故私まで?」



「ご指名なんだよ、君等二人がいいとね。宝良を覚えてるか? 今回のプロジェクトで、少し彼の力を借りたい」



宝良さんは雅也さんの同級生で、前に何度か仕事をした事があった。



その時も凄くよくしてもらって、お世話になっているので、私情で断るわけにはいかない。



「わ、分かりました……」



「泊まりになるだろうから、ホテルは手配してある。頼んだぞ」



「分かりました」



私が答えるより先に、海吏が答える。



二人で、しかも泊まりなんて。こんな時に、凄く困った。



「時間やその他諸々は、二人のスマホに送信しておくから、こちらは他のメンバーに任せて、出来るだけすぐに向かってくれ」



他メンバーに断りを入れ、下平さんの痛い視線に気づかないフリをして会社を出た。



エレベーターを待つ間も、海吏は口を開かない。



私も特に何も言わなかった。



避ければ避けるほど、どんどん気まずくなって、話辛くなる。



エレベーターに乗り込むけれど、最悪な事にここでも二人きりだった。



何故こんな図ったように、誰も乗っていないんだ。



扉が閉まった瞬間、視界が暗くなる。



「んンっ!」



後頭部を押さえつけられ、強く唇が塞がれた。



角度を変えて、乱暴で食べられてしまいそうなキスに、どうして私の体は喜んでいるんだろう。



「ゃ……ぁっ……ふっ……ぅ」



「さっきのアレ、何だよ……」



「な、にっ……はぁ……」



唇が離れ、必死に呼吸をしながら言われた意味を考えようとする。



「他の奴の前で、エロい顔晒してんじゃねぇよ……」



意味が分からない。私がいつそんな顔をしたのか。

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