第23話
海吏に女の影がなかった事はないから、元カノの一人や二人いたところで、驚く事はないけれど、何故ここで雅也さんといたのかが気になるところではある。
「再会もそこそこに、みんなに紹介しよう。こちらは今回のプロジェクトの手伝いをしてくれる、
雅也さんがそう言って、彼女の隣に立つと、少し前に出てくる。
私達に一礼して見せた彼女の仕草は、色気があり上品なものだった。
「彼女はデザインの方も専門で、そっちの業界じゃちょっとした有名人だ。その辺に関してはプロだから、大いに頼るといい」
一人一人握手をして、最後に私の前に立った。
差し出された手に軽く触れた。
「日尾野さんからお噂はかねがね。あなたにずっとお会いしたかったの。いい仕事をしましょうね」
「はい、よろしくお願いします」
間近で見ると、益々綺麗な人だ。
綺麗なのは勿論、オーラがあるとでも言おうか、とにかく迫力がある。
「仕事が出来る女って感じだね」
「うん。何か、圧倒されちゃう」
「俺達も負けてられないね」
苦笑しながら遼介が言うと、ふと視線を感じた。
見回すと、海吏がこちらを見ている。
何か言おうと口を開いた海吏の腕に、下平さんが絡みついた。
「久しぶりに会えたんだし、今晩ご飯でもどう? せっかくだから色々話したいわ」
「何を話すんだよ今更。それに俺はっ……」
言いかけてこちらを見た事に嫌な予感がしたから、海吏から目を逸らして私は雅也さんに近づいた。
これから少しの間とはいえ、一緒に仕事をする以上、揉め事は出来るだけ避けたい。
「逃げてきたか」
「嫌な言い方しますね……まぁ、間違ってはないですけど」
横から物凄い視線を感じるけど、今は気づかないフリをする。
「で? 逃げたって事は、海吏と進展したのか?」
「えぇ、僕はフラれてしまいました」
いつの間にか隣にいた遼介が、爽やかにそう言った。
申し訳なくなって、どんな顔したらいいのか分からない。
「変な顔。気にしなくてもいいよ、瑞葵が思ってるより俺は貪欲だから、いつでも海吏から瑞葵を奪えるように、ちゃんと隙は窺ってるから」
「おー、いいねそういう精神、俺は好きだね。じゃ、俺も参戦しようか」
玩具を見つけたみたいに、私の肩に手を回してくる雅也さんが、ニッコリと笑って顔を近づけてくる。
「ちょ、ちょっと二人共、私で遊んでるでしょっ!」
爽やかに、いや、黒い笑顔で笑う遼介と、明らかに楽しんでいる雅也さん。
でも、こうやって私が気にしないようにしてくれている、遼介や雅也さんには感謝しかない。
私達がわちゃわちゃしている間にも、海吏の視線は感じていた。
自分が思っているより、私は海吏と下平さんの事を気にしているのかもしれない。
現に、海吏が見れない。
数日とはいえ、少しでも海吏の奥を見た人と一緒にいる所を、見たくなかった。
こんな感情は、初めてだ。
相変わらず腕に絡みつく下平さんと、それに抵抗する海吏を見れないまま、私は断りを入れて化粧室へ向かう。
鏡の前で手をついて項垂れる。
「はぁ……やりづらい……」
この仕事が終わるまで、ずっと見ていなくてはならないのかと思うと、憂鬱だ。
意味もなく手を洗い、ハンカチで手を拭いていると、ヒールの音が耳を揺さぶる。
「あら、ここにいたのね。姿が見えなかったから」
「あ、はい……あの、何か?」
少し距離を詰めて、顔を近づけてくる。
間近で見ると、本当に綺麗で。自分がちっぽけに思える程だ。
「あなた、海吏と付き合ってるそうね?」
突然の事に、言葉が出ない。
そんな私を気にする事なく、フッと余裕な顔で笑う。
「海吏ってキスがすっごく上手いでしょ? 特に、下唇を噛んだ後に、上唇を舐められるアレ……」
やめて。
そんな事、聞きたくない。
「誰と付き合っても、やっぱり海吏とのキスは忘れられないわ。もちろん、それ以外も」
勝ち誇ったように言う下平さんの顔が、まともに見れずに目を逸らした。
分かってたけど、直接聞いてしまうと、やっぱりダメージがデカい。
数日とはいえ、付き合っていたんだから、子供じゃあるまいし、そういう事ももちろんしないわけがないのに。
耳を塞ぎたくなる。
「ねぇ、塩谷さん。海吏、私に返してくれない?」
くれと言われるのではなく“返して”と言う辺り、まるで自分の所有物であるかのような言い方。
完全に私など相手にしていないと言われているみたいだ。
悔しい。悔しいけど、こんな綺麗で仕事も出来て海吏の事をよく知っている人に、勝てる気がしない。
「あなたみたいな素敵な人なら、海吏じゃなくたって他にいくらでも相手が見つかるわ」
私には海吏が必要なのだと、お願いと頼まれている割に、まるで脅すかのような言い方。
「誰を選ぶかは海吏なので、私には何も言える事はありません」
拳を作り、なるべく毅然に振る舞う。
そうでもしないと、立っていられない。
「じゃ、海吏が私を選んだら、あなたは潔く身を引くって事ね? あなたがその程度の気持ちなら、海吏が私に靡くのも時間の問題ね」
皮肉を言われ、拳を握る手に力がこもる。
「簡単に解決しそうでよかったわ」
悪意しか感じないような嫌味な言い方をされ、悔しさが募る。
でも、私には自信がない。
その時点で、何もかも彼女に適わないのだろう。
私はいつからこんなに弱くなったんだ。
受け身過ぎる自分の情けなさに、涙すら出ない。
と、スマホが震える。
取り出してみると、海吏からのメッセージが来ていた。
“何処で何してんだ? 拗ねてんのか?”
そんな簡単な感情じゃない。能天気なメッセージに、腹が立ってくる。
いや、違う。これじゃただの八つ当たりだ。
返信はせずにスマホを仕舞う。
「いつまでもここで話していても意味はないわね。行きましょうか」
仕事モードに戻ったのか、下平さんは素早く踵を返した。
私は再び鏡を見て、自らの両頬を思い切り叩き、化粧室を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます