第17話

会社を休む訳にはいかず、私は出来るだけ自然を装い、仕事に打ち込んだ。



伊崎は言った通り、何事もなかったかのように、いつもみたいに無邪気だった。



伊崎がそうするなら、私だけが気にする態度を取るのはよくないと、私も自然を装う。



仕事の合間に休憩を取る為、私は一人で休憩室にある自販機近くの椅子に腰掛ける。



「おっきなため息だね、疲れてる?」



「遼介……」



優しく微笑む遼介が、コーヒーを買って一つ私に差し出した。



「ありがとう」



コーヒーを受け取り、遼介が隣に腰掛けた。



開けたコーヒーを一口飲み、息を吐いた。



「悩み? 俺でよかったら聞くよ?」



「遼介は優しいね……。今は遼介のその優しさに癒されるわ。ありがとう」



「ははは、何だそれ。まぁ、少しでも癒しになれたならよかったよ」



遼介はいつも優しく寄り添ってくれる。



この人と一緒になる人は、きっと幸せになるだろうなと、容易に想像出来る。



「ねぇ、遼介。遼介はさ、好きな人とかいる?」



「な、何急に……珍しいね、瑞葵がそんな話するなんて。まさか……」



「私、そういうのよく分からなくて。今までちゃんと恋愛して来なかった事が、今になって響いてくるなんて、想像もしなかった」



天井を何気なく見つめて、少し笑う。



遼介はただ黙って聞いてくれている。



「瑞葵は、いるの? 好きな人」



「……分からない」



「分からない? そっか……。俺はいるよ、好きな人」



隣から聞こえた言葉に、すぐ遼介に振り向いた。



今サラッと大変な事を言ったような気がした。



「えっ!? い、いるのっ!? 知らなかったんだけど……誰っ!? 私知ってる人っ!?」



「瑞葵は知らなかったみたいだけど、割とみんな気づいてると思うよ? 俺、結構分かりやすい態度取ってるし」



そんな分かりやすい態度取ってたら、ほとんど一緒にいるのに気づくはず。



そもそも、遼介とそこまで一緒に行動するような女子社員を見た事がない。



「俺がずっと一緒にいて、特別優しくする女性なんて、そこまで多くはないよ」



相変わらず爽やかに笑う遼介の表情からは、特に何も読み取れない。



「そうかなぁ。遼介は誰にでも優しいから、結構難しいよ?」



「そう?」



「ヒントっ!」



遼介に少し近づいて、じっと目を見ると遼介は楽しそうに笑う。



「そうだなぁ。頼りになる姉御肌なイメージだけど何処か抜けてて、仕事もバリバリしてて頑固なのに、妙に推しに弱いところもあって、黙ってたら綺麗で、笑うとめちゃくちゃ可愛い。後、ありえないくらい鈍感」



「そんな女の子、一体何処に……」



遼介と目が合う。



今までにないくらい、優しく笑っている。



沈黙。



これは、多分、私の考えは当たっているような気がする。



ゆっくり口を開く。



「あー……えと、間違ってたら、ごめんね……それって、まさか……私?」



「おー、やっと気づいた? 鈍感瑞葵にしては、上出来だね」



酷い言われようだけど、今までこれだけ近くにいて気づかないんだから、言われても仕方ない。



「何か……ごめん、気づかなくて……」



「大丈夫、そういうところも可愛いから」



笑顔でそんな事を言わないで欲しい。



恥ずかしすぎる。



「で? 瑞葵は誰を思って悩んでるの?」



「え?」



突然の質問に、何と言っていいか分からない。



「当てようか? 海吏でしょ?」



ドキリとする。



本当に彼は人を、私をよく見ている。



「さすが遼介だね……」



「これに関しては、俺じゃなくても気づくんじゃないかな。瑞葵は海吏が好きか分からないの?」



そんなに分かりやすいだろうか。



確かに海吏は目立つし、私に触れる事を隠そうとしないし、私も何事もなくいるなんて、そこまで器用じゃない。



「瑞葵、俺とデートしようか」



「へ? な、何急に……」



今の話の流れでどうしてそうなるのか。



「じゃ、場所や日時はまた夜にでも連絡するよ。さ、戻ろうか」



いつも通り爽やかに笑って先へ行く遼介の背中を、小走りで追いかけた。



そして、何も言えぬままデートをする事になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る