第四章
第18話
海吏を納得させるのが、こんなに大変だとは想像していなかった。
誰と何処へ行くのかとしつこく聞かれ、女友達数人で出かけると嘘を吐いてしまった。
けれど、何故付き合っているわけでもないのに、私がこんなに気を使わないといけないのか。
そんな事を考えながら、身支度を整えて部屋を出た。
慣れとは恐ろしいもので、いつもいた海吏がいない休日はなかなか珍しいからか、少し違和感があったりする。
「よく考えたら、ここ最近ずっとアイツと一緒にいたのね……」
あまり出掛ける事はなかったけれど、それでも長く一緒にいると、いない方が変な感覚になるのだと知った。
待ち合わせの時間より少し早く着いた私は、スマホを確認して驚いた。
「何これ……」
メッセージが大量に届いていた。
「あいつはストーカーか……」
短いけれど『瑞葵がいねぇ……』『ウサギさんは寂しいと死んじゃうんだぞー』『いつ帰んの?』『早く俺の腕の中に帰っといでー』とか、他にもなかなかに甘いメッセージに苦笑が漏れる。
「ほんと、バカね……」
一応全部に目を通し、軽く返信した後にスマホを直そうとした時、またスマホが震える。
こんな短い言葉に、ここまでの威力があるなんて知らなかった。
『会いたい』
昨日会ったばかりだとか、何言ってるんだと返す事すら出来ないほど、私の心臓は高鳴っていた。
そして、私の中に罪悪感が生まれる。
付き合ってないけれど、だからといって嘘を吐いていい理由にはならない。
今からでも訂正しようと、画面に指を伸ばした瞬間、スマホが手からなくなった。
「はい、今日は俺の事だけ考える日だから、没収ね」
いつの間に来ていたのか、遼介が目の前にいた。
髪も下ろし気味のラフなプライベートスタイルでいると、普段より幼く見えて、違う人みたいだ。
「へぇ、髪下ろしてるんだね。うん、今日は一段と可愛い」
髪に触れながら、嬉しそうに笑う遼介。
こういう事を自然と言えるのが、さすがというかなんというか。
でも、私の頭によぎるのは違う男の顔。
駄目だ。これは、遼介に失礼だ。
今は遼介といるんだから、遼介の事だけ考えないと。
そんな事を考えてる間に、手に暖かい感触。
「ほら、行くよ」
「あ、うん」
手を引かれ、歩き出した。
「どれ見たい?」
着いたのは映画館。久しぶりに映画館に来る気がする。
昔はよく行っていたなと思いながら、ラインナップに目を通す。
アクションか恋愛モノかで悩み、今流行りのアクションにした。
飲み物だけを買って席に着く。
休日とはいえ、そこまで人は多くなくて、比較的ゆっくり見れそうだ。
席に着いてしばらくすると、映画が始まった。
刑事が麻薬組織を撲滅するシーンで、私の手に遼介の手が乗せられた。
遼介を見ると、スクリーンから目を離す事はない。
「りょ……」
出来るだけ小さな声で遼介に近づいて、声を掛けようとすると、ふとこちらを向いて人差し指を立てて、口元に当てて微笑んだ。
指が絡められ、私の指の間を遼介の男らしい指が撫でる。
いやらしい触り方に、ビクリとなる。
ずっと指が這い回る感触に、映画どころではなくなり、ストーリーが入って来ない。
映画が終わり、立ち上がる。その手は繋がれたままだ。
所謂、恋人繋ぎというやつだ。
告白した後、海吏も遼介も行動があからさまになる。
私はこの上級者な二人のスピードに、全くついていけていない。
もう少し、ゆっくり進んで欲しいものだ。
「どうだった? 映画」
「遼介のせいで、集中できなかった」
「あらら、それは残念だったね」
「うわー……心がこもってない」
「まぁ、正直今日は俺を意識してもらうのが真の目的なので、少しくらいはズルい事しないと、今のところ海吏にばっかり、いいところ持ってかれてるからね」
ウインクした遼介は、楽しそうだ。
遼介は一体何処まで知っているのか。本当に底が知れない男で困る。
丁度小腹が空いたので、軽くお昼を食べて散歩するようにショッピングモールを並んでゆっくり歩く。
「仕事以外で、二人でこうやって歩くのは何気に初めてかな」
「そうね。学生の頃は、数人で出掛ける事はあったけど、二人は初めてだね」
手は相変わらず繋がれたままだけど、この自然な感じは何だろう。
繋いでいても違和感はない。それは、一つの結論を産んでしまう。
ドキドキ、しないんだ。
家族とか友達と繋ぐ感覚だと、感じてしまった。
そして浮かぶ一人の男。
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