第19話
仕事以外でも一緒に過ごす事が多すぎたからだ。そうに決まってる。
遼介とだって何度も会って、色んな事をして。そうすれば、今のこの自然な状態から抜け出せるかもしれない。
海吏としている事だって。
そう考えて、自分の中にある答えが、今考えているものとの食い違いを露わにしていく。
遼介と恋人がするようなハグやキス、それ以上の事。
それが、全く想像出来ずに驚いてしまう。
伊崎とのキスだって、突然されたのは同じなのに、少し怖いと感じた。
これが全ての答えなら、私はどうするべきなのだろうか。
今のこの瞬間も、私は遼介と一緒にいるべきではないんじゃないか。
だって現に今、私は遼介といるのにも関わらず、やっぱり頭にはあの男が浮かんでしまう。
考えないようにすればする程、逆効果だ。
そんな中途半端な私に気づいているはずの遼介は、何も言う事はなくて。
遼介を傷つけてまで、私はこの時間を続ける必要があるのだろうか。
色々な事をぐるぐると考えていると、タイミングを逃してしまって、デートが続行してしまっている。
「ほら瑞葵、こんなのどう? 瑞葵好きな感じじゃない?」
いつも余裕があって、誰よりも大人な遼介が、こんなにも楽しそうにしているのを見るのは学生時代以来で、この瞬間を壊す事が私には出来なかった。
心の中で遼介に謝りながら、出来るだけ遼介との時間に集中するように心がけよう。
女性をエスコートする事に長けているのか、何をするにも何処へ行っても自然で、有難い事に十分なくらい楽しませてもらっている。
私ばかり楽しくなっていないか、心配になるくらいだ。
夕日が沈み、暗闇が街を包み始めた頃、私は帰りの道を歩きながら、遼介の隣で彼を見上げる。
「今日はありがとう。凄く楽しかった。さすが遼介だね、私の事よく分かってる」
「俺も、久しぶりにはしゃいじゃったよ。こちらこそありがとう」
手を引かれ、道の端に移動する。
「でも、やっぱり何処か上の空だったよね。ねぇ、瑞葵……やっぱり海吏が気になる?」
まさに、今も浮かんでは頭から消そうとした男の名前を出され、内心焦る。
「ほんと、瑞葵は分かりやすいな。分からないなんて言って、もう答えは出てるよね」
「遼介……私っ……」
言葉を続けようとする私の声は、遼介の腕の中に吸い込まれた。
「言わなくていいよ、分かってるから」
抱きしめられながら、私は何も言えずにいた。
こんな時でも、私の中には遼介じゃない男がいる。
遼介の腕に手を添えて、体を離す。
「遼介、私遼介の事好きよ」
遼介は全てを見透かしたような、悟ったような笑顔で微笑む。
その顔の中に、少しだけ辛そうな顔が見えた気がしたけれど、私はそれを見なかった事にした。
私が一番それに触れてはいけない気がしたから。
言葉を続けようとした時、私は固まった。
幻覚でも見ているのだろうか。
表情は読めない。無表情。
もし話を聞かれたのであれば、多分だいぶ誤解されているだろう。
「瑞葵?」
私が遼介の後ろを見ているのに気づいたのか、遼介が振り返る。
「海吏……」
何も言わず、タバコを静かに吹かしている。
その目は、私をしっかりと写していた。
「いつからいたの?」
「さっき来たばっか」
遼介の質問に答えているのに、その目はずっと私を見ている。
刺さるような真っ直ぐな視線に、怖さと混ざって何か違う感情が生まれる感覚に、体が震えた。
彼の視線に、体の奥がザワつく。
「瑞葵」
遼介が私を優しく呼ぶ。
「これからも、傍にいていいかな、友人として」
友人の部分を主張するように言った遼介が、イタズラっ子のような笑顔でウインクをして見せた。
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