第20話

チラリと遼介が海吏を見る。釣られて私も見ると、一瞬驚いた様に目を見開いた後、すぐにそっぽを向いた。



とりあえずそのままいてはくれるみたいだから、いなくなる心配はなさそうなので、遼介に向き直る。



「もちろん。でも、遼介は平気? 私は遼介と友人でいたいけど……」



私が遼介の立場なら、何事もなかったかのようには出来ないから。



「大丈夫、って簡単には言えないけど、瑞葵と一緒にいれない方が嫌だしね」



爽やかな笑顔に、私も自然と笑顔が出た。



遼介は海吏の方に近づいた。



「瑞葵を泣かせたら、すぐに攫っちゃうからね」



「あ? うるせぇよ」



ふっと笑った海吏とさっぱりした笑顔の遼介の、男同士の絆みたいなものを見た気がした。



遼介が去った後、海吏と二人になり、沈黙に包まれる。



何から言っていいのか分からず、口を開いては閉じるを繰り返す。



「部屋、入れてくんね? 喉乾いた」



「え、あ、うん……」



タバコを消して、立ち上がる海吏がマンションへ歩き出す。



それに急いで着いて行く。



鍵を開けて先に入るように、扉を開けてくれているので、ありがたく先に行かせてもらう。



扉が閉まり、鍵が掛かる音がする。



電気を付けて部屋に上がる。



気になるのは、海吏が静かな事だ。



怒っているのだろうか。



やっぱり嘘を吐いた事に関しては、申し訳ないわけで。



とりあえずベッド横の机の前に座った海吏を確認して、私はキッチンに移動する。



コーヒーの準備をしている私のお腹辺りに、腕が巻き付く。



「……海吏、怒ってる?」



「何で?」



「今日、その……」



「女友達が遼介で、しかも手を繋いでデートしてた事?」



やっぱり怒ってるんだ。



「別に怒ってねぇよ。嘘吐かれてたのは多少なりともショックだけどな」



ごもっともだ。



「それは……ごめんなさい。確かめたい事があって……」



「何で遼介?」



謝る私を後ろから包みこみ、肩口に顎を乗せながら海吏が呟く。



「遼介っていうより、これは海吏以外の人じゃなきゃ、ダメだから」



「何だよそれ。そりゃ、別に俺はお前の彼氏でも何でもないけどさ……」



明らかに落ち込んだ声を出す海吏の腕に触れて、優しく解く。



振り向いて向き合う体勢で、背の高い海吏を見上げる。



「私ね、多分……海吏が好き」



「っ……た、多分て、何だよ……」



不満そうにしているものの、少し頬が赤い気がするのは、私の勘違いじゃないだろう。



「遼介とデートしたり、手を繋いだりしても、正直ドキドキしたりしなかった。もちろんその先なんて全然想像出来なかったし。伊崎に対してだってキ……あっ、えっと……」



しまった。これは言うつもりなかったのに、つい気を抜いていた。



全部を言わなかったけれど、気づかれただろうか。



「伊崎が、何?」



「え? いや、別に、何もっ……」



キッチンに手をついて、私の逃げ場を奪った海吏の顔が近づく。



「俺をどう思ってるかを遼介で試してたってわけ? 伊崎は? 今キって言ったよな? お前まさか……」



これはあらぬ誤解を招きそうだと悟った私は、首を必死に振る。



「海吏が思ってるような、変な事は無いよ」



「でも、隠したって事は、キスはした?」



された、が正しいけど、した事には変わりはない。



私は静かに頷く。



これ以上、海吏に嘘は吐きたくなかったから。



海吏の眉間に皺が寄り、右肩に頭がのしかかる。



「……めちゃくちゃ妬ける……」



「私が油断してたのが悪いし、伊崎にも伊崎の思いがあったわけだし……」



とりあえず伊崎が悪者になるのだけは、避けないといけない。



海吏が顔を上げる。完全に拗ねた顔をしてしまった。



「そ、それに、これからそういうのは、海吏としかしないしっ! ね?」



目を見開く海吏の顔が、みるみる赤くなる。



「お前それ、ワザとか?」



励ますつもりが、何やら違う方向へ向かっている気がする。



現に、今目の前にいる男の顔が、明らかに男のソレに変わったように見えた。



腰に手が回され、引き寄せられる。



「海吏っ……」



「何?」



「あの……と、とりあえずコーヒー飲んで、一旦落ち着かない?」



首筋に顔を埋めて、唇が触れる。



「無理に決まってんだろ、もう俺……火、ついちまったし……」



言って、海吏が私を抱き上げた。

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