第11話
立派なマンションに入り、また鳴沢を見る。
「ここって……」
「俺の家」
そうでしょうね。こんないいマンションに住んでるのか。さすがやり手リーマン。
少しムカつく。
慣れた手つきで鍵を開け、中に促されて入ると、後ろで扉が閉じて鍵が締まる音がした。
「何で家っ……んンっ!」
振り向いた瞬間、唇が塞がれた。
そのまま壁に背を付けて、逃げ場を失う。
脚の間には、鳴沢の脚が差し込まれて、あの時の会議室のようで。
「ゃ、なるっ……ぁ、はっ、ふぁっ、んっ、んぅっ……」
唇を割り開き、舌が入って来て口内で暴れ回る。
口の中が全て性感帯にでもなったかのように、体を熱くしてゆく。
「はぁ……俺以外に、隙見せてんじゃねぇよっ……」
「はっ、ぁ、え? 何いっ……ぅんンっ……」
物凄く理不尽に怒られてる気がする。反論すら出来ず、息すら出来ないくらいの熱いキスをされ続け、頭がぼうっとしてくる。
酸素が薄くなるのが苦しくて、力を込めて鳴沢のスーツを掴んで、押すけれどビクともしない。
こういう時は、男女の差が出て歯痒くなる。
「んーっ! んっ! はっ、ふっ……」
呻きながら、鳴沢の体を叩いて抵抗する。
「はぁ……んだよっ……今日はやけに抵抗すんじゃんっ……」
「はぁ、はぁ……くるしっ……あんた、私を殺す気?」
「あ? んなわけねぇだろ。殺したら可愛がってやれねぇじゃん。いい声も聞けねぇし?」
悪戯っ子みたいな顔でニヤリとした鳴沢に、反応する私の心臓に少し腹が立つ。
何でドキドキしてんだ、私。
女の子はべらせて、いい顔するようなタラシに。
「あんたさ……一体何がしたいの? こういう事する相手、間違ってるでしょ。いくら嫌がらせにしたって、これはやりすぎじゃない?」
「相手? 誰だよそれ。つか、嫌がらせって……何の話だ?」
本当に意味が分からないとでも言ったような顔で、こちらを見る。
私が落ちないからといって、こんなのは違う。
何より、今までずっと同じように仕事をして来て、競い合って戦う同士のような感覚だったと思っていたのに。
それは私だけが思っていた事で、鳴沢にとって私は同士なんかではなく、その辺にいるはべらせている女の子達と同じような存在だったんだ。
だから、こんな質の悪い嫌がらせみたいな事をするのか。
女のくせに、男と同等に立つのを許さないって男を、私は今まで散々見てきた。
鳴沢も、そう思っていたのかな。
そう思うと悔しくて、泣きたくなる。
でも、こいつの前では、泣きたくなかった。
「こっち向けって」
「うるさいっ……私はあんたの周りにいる女の子達とは違うし、あんたのおもちゃでもない。もう、離してっ……」
「は? お前さっきから何言ってんだよ。おい……なぁ、瑞葵」
「っ……気安く呼ばないでよっ……」
落とす為なら、誰にでもこんなに優しく甘い声で、名前を呼ぶのか。
腹が立つはずなのに、どうして私はこんなに胸を高鳴らせているんだろう。
「はぁ……。あのな、お前が何を考えてんのかは、だいたい想像つくから言っとくけど、誰にでもこんな事してると思ってんなら、違うからな。誤解すんな」
顔を背けた私の頬に手を当て、ゆっくり優しい手つきで自分の方へ向かせる。
「お前が心無い男の見下すような言葉で、どれだけ傷ついて、それでもそいつらに負けずに今の仕事を頑張って来たのは、ずっと隣で競い合って、見てきたから分かってるつもりだ。そんな俺が、嫌がらせなんて阿呆な事するわけないだろ」
「……女がみんな自分に落ちないのが、気に入らないんじゃないの?」
「はあ? お前、俺をそんな男だと思ってたのか?」
「え、あー……」
否定出来ずに、目だけで空を仰ぐ。
頭を下げて項垂れる。
「だ、だって、いつも女の子はべらせてヘラヘラしてるし、それにっ! 最初の頃、あんた私に何言ったか覚えてないの?」
「は? 俺、何か言った?」
本当に覚えてないみたいだ。
その言葉が、鳴沢を男として見れなくなった瞬間だったのに。
「お前は俺に媚びないのか? って言ったのよ」
初対面で、同僚にまさか上からそんなふざけた事を言われるとは、夢にも思わなかったから、今でもしっかり覚えている。
お前等女は媚びるのが当たり前だと言われているみたいで、こいつには絶対負けたくないと、闘争心に近いものが私の中に生まれたのだ。
「あぁ、あれか」
「あれかって……」
鳴沢は頭をポリポリと掻いた後、突然私を横抱きにして抱き上げる。
「なっ、何っ!?」
「そのまま聞いてて」
落ちないように、真剣な顔をした鳴沢の首に手を回して、黙って鳴沢を見る。
「俺さ、仕事が出来るんだよ」
「……それ、何の自慢? 喧嘩売ってんの?」
「違うよ、真面目に言ってんの。だから、ゴマすって来る上司とか、媚び売ってくる女ばっかで、正直ウンザリしてた」
私を抱き上げたまま、器用に扉を開けて移動して行く。
「そんな時、移動先でお前に会ったんだよ。で、お前は俺が唯一同等に競い合える相手だって思った。女なのに、その辺の男なんて敵わないくらいバリバリ仕事してて、有能だし。俺に色目使ったり媚びたりしなくてさ」
少し楽しそうに話す鳴沢を見るのは、久しぶりだった。
確かに、私が今まで戦ってきて、隣で見てきた鳴沢は、何処か楽しそうだったのを思い出した。
「そんな奴初めてだったから、嬉しかったんだよな、俺。だから、俺がその時言った言葉は、お前が思ったような意味じゃなくて、そういう存在が他にいなくて、嬉しくて、素直に言った言葉だ」
少し照れたように顔を背け、そう言った。
「納得して頂けましたか?」
ゆっくりベッドへ寝かされ、私の隣に来た鳴沢が、フワリと柔らかく微笑む。
「そ、それは、したけど……じゃぁ、何で前といい、今といい、私相手にこんなっ……」
「分かんないの?」
上に覆い被さりながら、ネクタイを緩めて顔を近づける。
何となく想像くらいは出来るけど、でも何で今更。
「お前って自分の事になると、急に鈍感になるよな」
「だ、だって、今まで何もして来なかったじゃないっ……それに、そんな素振りも見せなかったし……」
雅也さんにも似たような事を言われた気がして、ちょっとムッとする。
「そりゃ、お前が俺にあんまりいい印象持ってなかったのは知ってたし。何より、絶対逃したくない女相手なんだから、慎重にもなるだろ」
「酔った相手といきなりホテルになだれ込むのが、慎重なわけ?」
「うるせぇよ。俺も色々焦ってたんだよ。お前が、あの時やたら遼介といい感じだったしさ……。俺は、お前を……誰にも取られたくねぇんだよ……」
これは、なんと言うか、駄目だ。
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