第二章

第10話

大学時代からよく連れて行ってくれていた、雅也さんの知り合いの人がやっているBARで、二人カウンターに座って飲む。



「ほー、珍しい事もあるもんだ。お前も思い切った事したな。お父さんはそんな子に育てた覚えはありませんっ!」



「雅也さん……おっさん臭い事言わないで下さいよ……」



「ははは。まぁ、人間歳を取れば何かとあるわな。でもな、瑞葵」



先程まで軽い口調だったのが、一瞬で真面目なそれに変わる。



自然と姿勢を正す。



「確実に女性に負担がある事なんだから、よく考えて自分の体は大事にしろ。お前には幸せになってもらわないと、俺も安心出来ないからな」



雅也さんは真剣に私の事を考えて、ちゃんと怒って諭してくれる。



私もこの人みたいになりたいと、ずっと憧れ続けてきた。



雅也さんは私の目標だ。



「で? どっちなんだ?」



「どっち、とは?」



雅也さんの質問の意図が分からず、首を傾げる。



「鳴沢か戌井か」



「……それ、どういう意味ですか?」



雅也さんは何を言っているのか。



疑問が浮かび、眉を顰める私を他所に、雅也さんはグラスに入ったお酒を煽る。



「どっちが好きかって聞いてるんだよ」



「なっ……雅也さんまで何をっ……」



「平和なのはお前の頭の中だけか。あいつ等も可哀想にな……」



凄く馬鹿にされてる気がしないでもない。



「昔からお前は恋愛関係には疎いし、自分に関しては鈍感と言うかなんと言うか。見ててたまに歯痒くなるわ」



苦笑しながら、雅也さんに言われるけれど、自分ではそんなつもりはない。



「そんな事言われても、昔から縁がないというか……」



「まぁ、お前の場合は高嶺の花で、付き合ってみたら何か思ってたのと違う、みたいな感じか」



今までの経験上、そこまで深く知らないまま付き合って、そんな感じの事を言われてフラれる事が多いのは確かだ。



「お前口開いたらイメージ壊すタイプなんだろうな」



「ちょっ……失礼ですねっ! どうせ可愛くないですよっ……」



「そんな事ないぞ。お前は可愛いよ。まぁ、そういう飾らないとこがいいって思う奴もいるさ。俺も含めてな」



そう言って私の頭を撫でる雅也さんの顔はいつも優しくて、つい甘えてしまう。



グラスを口に付けて、お酒を喉に通そうとする私のグラスが突然消えた。



「横からちょっかいかけんの、やめてもらえます? 今俺が詰めてる最中なんで」



「おっと、それは心外だねぇ。いや、違うな……。鳴沢君、こういう事に遠慮してちゃ欲しいものは手に入らないって事を、俺は知ってるんでね。どんなにズルくても、開いている隙は見逃さない質なんだよ」



「鳴沢が何でここに……っていうか、雅也さん、何の話っ……むンっ!?」



背後に立った鳴沢を振り返り、驚いている私の体が後ろに引かれ、顔だけ雅也さんの方に向かされる。



雅也さんの男前な顔が物凄く近くにあって、少し長めの前髪が頬辺りに垂れてくすぐる。



多分、キスをされているように見えるであろう体勢に、少しだけドキリとした。



しかし、肝心な唇には、雅也さんの大きな手が当てられていた。



「ちゃんと捕まえてないと、瑞葵を狙ってるのは俺達だけじゃないからな……」



狙うって何だ。何の話か全く分からない。私を置いて、話がどんどん進んでいく。



何か、蚊帳の外で腹立って来た。



「私、帰ります」



「あら? 瑞葵ちゃん、おこ……」



「何怒ってんだよ」



驚いた。



私は怒っている時が分かりにくいとよく言われる事がある。



勿論しっかり怒る時は顔に出るけど、いまのように、いつも通り微笑んだりすると、表情だけでは分からない時があるらしい。



多分今もほとんどの人が気づかないだろう。雅也さん以外は。



鳴沢には、分かるのか。



悔しいけど、ほんとにコイツは人をよく見ている。



「へぇ……怒ってるの、分かるんだね」



「何がですか? こんなに分かりやすい奴いないでしょ。それに、俺はあんた以上に、ずっとこいつの事見てきたんで」



立ち上がっていた私の手首を掴み、鳴沢は私の荷物を持って雅也さんに頭を下げた。



「行くぞ」



そのまま店から引っ張り出されるがまま、私は鳴沢に着いて行く。



爽やかに笑った雅也さんが、私に小さく手を振るのが見えた。



手を引かれたまま、夜の街を歩く。



無言でタクシー乗り場に着いた。



「鳴沢?」



「あ?」



「何か、怒ってる?」



「……まぁ、隙だらけなお前にはイラっとしたけど、全部お前のせいって訳じゃねぇよ」



何で私に隙がある事で、鳴沢が怒ってるのか。



鳴沢の頬を指で刺してみる。



「んだよっ……」



「何に怒ってんの? それとも、飲みに誘わなかったのを拗ねてんの?」



「……お前、マジで分かってねぇな」



「はぁ?」



「……着いたら覚悟しとけよ……」



ほとんど聞き取れなかったけれど、聞く前にタクシーが来て、あっという間に乗せられてしまった。



「鳴沢、一体何処に……」



「黙っとけ」



そんなに飲みたかったのか。とか考えていた私の目に、知らない景色が広がった。



何処に連れて行かれるのか、窓の外をキョロキョロしていると、タクシーが止まる。



タクシーを降りると、また鳴沢に手を引かれた。



次は手首ではなく、手を繋がれている。



「鳴沢、私子供じゃないんだから、一人で歩けるけど……」



私の言葉が聞こえないわけはないのに、何も答えない鳴沢を不審に思いながらも、着いて行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る