第31話

チーム会議が終われば山積みの書類を整理して、それが終われば人に会い、それが終われば雅也さん達とミーティングをして。



昼食を取る暇もない程に忙しくなり始め、私は仕事に時間を取られていた。



その間にも下平さんは、私にマウントを取るかのように、相変わらず海吏にべったりだったけれど、正直今はそんな事に時間を使っていられない。



仕事以外にも、私には気にしないといけない事があるから、心に余裕がない。



そんないっぱいいっぱいな私を見兼ねて、雅也さんが私のデスクにコーヒーを置いた。



「お前はこんを詰めすぎると、視野が狭くなるのが欠点だな」



「雅也さん……」



「周りを見ろ。少しくらい誰かに頼れ。ここに居るのはお前だけじゃない」



いつも優しくも、厳しい言葉をくれる雅也さんに、どこまでも助けられている。



頭に軽くポンと手を乗せた後、雅也さんは去って行く。



何も聞かず、余計な事は言わないのが、凄くありがたい。



ゆっくり深呼吸をして、目を閉じる。



最優先させるべき事を、自ら後回しにしている。



それは、明らかに怖いから。



そういう未来が想像出来ない。



もし、私の不安の原因が現実なら、私にやれるだろうか。



ちゃんと“母親”になれるのだろうか。



「違う。やるんだ」



そう。もし存在するのなら、その子には私しかいないんだから。



スマホを取り出し、病院を調べる。



幸運な事に、一駅先にある病院の予約がすぐに取れた。



カバンを持って、雅也さんのデスクに行き、早退を頼むと雅也さんは理由も聞かずに笑って送り出してくれる。



雅也さんの優しさに甘えさせてもらって、私は会社を飛び出した。



エレベーターを降りると、誰かにぶつかり体勢を崩して倒れ込む。



「大丈夫っ!? ごめんなさい、前を見ていなくてっ……って、塩谷さん?」



「あ……下平、さん……すみません、こちらこそ、急いでて」



久しぶりに仕事以外で話をする気がする。



「お腹、どうしたの? 痛いの?」



「え?」



言われて初めて気づく。



私は無意識に、お腹を庇うように手を添えていた。



考えれば考えるほど、そちらにばかり意識が行くから、考えないようにしていたのに。



体は正直とはよく言ったものだ。



「あ……いえ、大丈夫ですっ……」



「体調悪そうね、顔が真っ青よ? 誰かに送ってもらえばいいのに」



「いえ、大丈夫ですから」



「そう。気をつけて」



海吏以外の事に関しては、悪い人ではないんだけど、やっぱり何処かで引いてしまう部分がある。



下平さんと別れて、会社を出た。



足早に歩く私は、背中に視線が注がれている事には、気づく事はなかった。



電車に乗り、病院の前に立つ。



心臓が破裂しそうなくらい波打っている。



覚悟を決めたはずなのに、いざ来てみるとやっぱり足が竦む。



怖くて、不安で、足が震えた。



けれど、ずっとここで立っている事は出来なくて、怖くても行かなくてはならない。



深く息を吐いて、病院へ足を踏み入れた。



受付を済ませ、椅子に座って待つ。



その間も、心臓が痛いくらいに高鳴り、落ち着かない。



また深く息を吐いて、周りを見る。



数人の患者がいる中、お腹の大きな女性が大切そうにお腹を撫でて微笑んでいた。



その顔が、本当に幸せそうで、愛おしそうで、つられてしまう。



ふとその姿を、自分に置き換える。



そこまで違和感がなくて、自分でもビックリしてしまう。



さっきまで想像すらつかなかったのに、お腹の大きな自分がそこにいた。



ただ、隣に海吏がいるかどうかは、分からない。



もしお腹に存在する命があるのなら、彼はどうするのだろうか。



彼にその覚悟があるのだろうか。



海吏に会うのが、怖い。

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