第32話

病院を出た私は、病院の入口から数歩歩いた所で座り込む。



息をするのがやっとで、体が震えて立っていられず、頭はクラクラする。



覚悟はしていたはずなのに、いざ聞いてしまったら、どうしたらいいか分からない。



お腹にそっと手を当てる。



結果は、妊娠していた。



自分の体に、もう一つの命が宿っている。



いつかはと思っていた事だけど、こんな突然だと戸惑いと不安の方が多くて。



思考が追いつかなくて、考えがぐちゃぐちゃだ。



海吏の子なのは確かだけど、言っていいものなのか。



正直、愛されている自覚はあるし、私もちゃんと愛しているし、将来を考えてないわけでもない。



だけど、そんな話をした事も、海吏が将来を見据えて、私との事を何処まで考えているのかすら分からないのに。



何より、もし子供を喜ばなかったら。



私は、それをちゃんと受け入れられるだろうか。



考えが纏まらない。



私はスマホを取り出し、久しぶりに見る名前をタップした。



約束をし、休みの日を利用して、古い友人に会う事にした。



休みになるまで、体調不良を理由に極力海吏から離れ、一人の時間を作って分からない事や、気になる事を調べ始める。



休み当日。



海吏が物凄い心配しつつ、勘ぐりが凄いけれど、流石に遼介との事があったので、ちゃんと相手が女性である事を話し、何とか納得はしてもらう事に成功する。



待ち合わせのカフェに先に着いていた人物が、私を見つけて手を上げる。



「瑞葵っ! 久しぶりだね、元気だった?」



「うん、そっちも元気そうでよかった。突然ごめんね」



前の席に座り、コーヒーを頼もうとして、すぐオレンジジュースに変更する。



「あれ? コーヒー頼まないの? 瑞葵って確かコーヒーめちゃくちゃ好きだったよね? やめたの?」



目の前の友人、榊朱里さかきあかりとは、高校の時によく一緒にいて、いまだに連絡を取っている唯一のクラスメイトだ。



よく覚えているなと驚きながら、された質問にドキリとした。



「どした? 元気ないね。相談って、そんなに重たい事?」



何処から話そうか。



とりあえず海吏との話をして、ドリンクが運ばれて来る。



オレンジジュースに口をつけ、喉を潤した。



朱里もコーヒーに口をつけ、黙って私の話を聞いている。



「妊娠、してたの……」



「そっか……それは、不安だよね」



同調するように言った朱里に、私は今の心情を話す。



不安や焦り、海吏とのこれから。



だけど、私の気持ちで一つだけしっかり決まっている事があった。



「産むつもり、なんだね」



「うん。妊娠したって言われた時、もちろん喜びとかより不安だったり葛藤ばっかだったんだけど、何でか、堕ろすって選択肢は全くなかった」



産むっていう結果しか、思い浮かばなかった。



「じゃ、悩む必要ないんじゃない? だって、もう心は決まってるじゃない。彼にも、ちゃんと話した方がいいと思う。だってさ、二人の子供だからね。彼がどう思うかなんて、他人には分からないし、その彼は瑞葵が悩んでるのを放っておくような薄情者なの?」



言われて首を振る。海吏を思い浮かべ、少し笑う。



「だったら、尚更言わなきゃ。しっかり話し合って、先の話はそれからゆっくり考えたって遅くないよ。私も力になるからさ」



テーブルにある私の手をそっと握る。



胸のモヤモヤがスッとして、無意識に涙が流れた。



「話を聞く限り、絶対その彼喜んでくれると思うよ。なんたって、束縛が激しいくらい好きな彼女との子供なんだよ? 溺愛必須だよ」



まるで自分の事のように嬉しそうに言う朱里に、私も笑い返す。



喜んでくれるだろうか。



そうなら、いいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る