第22話 音楽への疑問

冷たい秋風が校舎の窓を叩く音が聞こえる夕方。教室でのレッスンを終えた柚月は、一人ピアノ室に残っていた。初めてのアンサンブルの練習で得た感動は確かにあったが、その裏で、自分自身の音楽に対する不安が次第に心を覆い始めていた。


鍵盤の前に座りながら、柚月は自分の手を見つめていた。


柚月(心の声)

「私の音楽って、本当に意味があるのかな…。みんなが弾いてる音はあんなに力強くて綺麗なのに、私の音はどこか弱々しくて、埋もれてしまう気がする。」


彼女はそっと鍵盤に指を置き、昨日渡された新しい課題曲の一部を弾き始めた。静かな旋律がピアノ室に響く。だが、途中で音がつっかかり、柚月はため息をついて手を止めた。


柚月(つぶやくように)

「やっぱり駄目だ…。」


そのとき、後ろから声が聞こえた。


アキ

「何が駄目なの?」


驚いて振り返ると、そこにはアキが立っていた。楽譜を抱えた彼女は少し首をかしげながら柚月を見つめている。


柚月

「あ…アキ。どうしてここに?」


アキ

「佐伯先生に頼まれて楽譜を返しに来たんだけど、あんたの音が聞こえたから気になってね。」


アキはそのまま柚月の隣の椅子に腰掛けた。彼女の快活な態度に気圧されつつも、柚月は自分が抱えている不安を隠しきれなかった。


アキ(じっと柚月を見つめて)

「ねえ、本当に何が駄目だって思ったの?」


柚月は一瞬言葉を探した後、小さな声で答えた。


柚月

「私の音が、みんなの中で埋もれてしまう気がするの。私が弾いても、誰も気づいてくれないんじゃないかって…。」


アキはその言葉にしばらく黙った後、少し笑いながら言った。


アキ

「そんなこと考えてたんだ。意外だなあ。」


柚月

「意外…?」


アキは頷きながら言葉を続けた。


アキ

「だって、あんたの音ってさ、すごく優しいんだよ。私みたいに強く弾く人間には出せない音だと思う。」


柚月は驚いたようにアキを見つめた。


柚月

「私の音が…優しい?」


アキは立ち上がり、軽くストレッチをしながら笑った。


アキ

「そう。埋もれるとか、そんなこと気にしなくていいんだって。大事なのは、自分がその音を好きかどうかでしょ?」


その言葉に、柚月の胸の中で何かがふと軽くなるのを感じた。


柚月(心の声)

「私が、自分の音を好きかどうか…。」


アキはそのまま楽譜を持って部屋を出ていこうとしたが、ドアの前で振り返り、最後にこう言った。


アキ

「他人の音ばかり気にしてたら、自分の音が遠くに行っちゃうよ。ほら、さっきの曲の続きを聞かせてよ。私は好きだったから。」


柚月はアキが去った後も、彼女の言葉を繰り返し思い返していた。「自分の音を好きかどうか」という言葉が、頭の中を静かに巡る。


柚月は再び鍵盤に手を置いた。先ほどつっかえてしまった場所を、もう一度弾き直す。音が少しずつ流れ始めると、不思議なことに、つっかえた場所もすんなりと通り過ぎることができた。


柚月(心の声)

「私の音…。まだ不安だけど、少しだけ自信を持ってみよう。」


彼女の指先から紡ぎ出される音は、確かに優しく、どこか力強さを秘めていた。それは彼女自身が少しずつ自分の音楽と向き合い始めた証拠だった。


カット:窓の外には夕焼けが広がり、ピアノ室には柔らかな音色が響いている。その音が、柚月の心に新しい一歩を刻んでいた。


次回、柚月が自分の音楽をさらに探求する中で、新しい目標を見つける姿が描かれる。仲間たちとの交流が、彼女の音楽をどのように変えていくのか。

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