第12話 最後の壁
発表会を数日後に控えたある日、公民館のピアノ室には柚月の演奏が響いていた。夕日が差し込む中、彼女の指は鍵盤の上を滑らかに動き、田辺先生がそばで頷きながら譜面を見ている。
田辺
「だいぶいい感じだね。曲の流れも自然だし、最後の盛り上がりがすごく心に響くよ。」
柚月は演奏を止めて一息つくが、表情はまだ不安げだ。
柚月
「でも、まだどこか音が硬い気がして…。私、ちゃんと弾けるのかな。」
田辺先生は譜面を閉じて、少し真剣な表情で話す。
田辺
「君の音楽は技術じゃなくて、気持ちが大事なんだ。間違いを気にしすぎて、自分の音楽を見失わないこと。それだけを忘れないで。」
柚月はその言葉を聞き、小さくうなずく。
柚月
「はい…。でも、発表会当日、たくさんの人の前で弾くのを想像すると、どうしても怖くなっちゃいます。」
田辺は優しく微笑み、椅子を引いて柚月と同じ目線で話す。
田辺
「僕も初めて人前で演奏したときは緊張したよ。でもね、そのとき気づいたんだ。聴いてくれる人たちは、君の失敗を探すんじゃなくて、君の音楽を楽しみにしてるんだって。」
柚月はその言葉に少しだけ表情を和らげた。
カット:練習を終えた公民館の外。夕日が沈みかけた空を背景に、柚月が一人で歩いている。風が冷たくなり始め、彼女はポケットに手を入れながら自宅へと向かう。
その途中、学校の同級生たちが近くの広場で遊んでいるのが見えた。美咲もその中にいて、ふと柚月に気づくと、足を止めて彼女をじっと見つめる。
美咲
「柚月。」
柚月は立ち止まり、戸惑いながら美咲を見る。ほかの子どもたちはその様子に気づき、ひそひそと話し始める。
クラスメイトA(ひそひそ声で)
「あれ、柚月って発表会出るんでしょ?」
クラスメイトB
「でもさ、成功するわけないよね。」
美咲はそんな声を聞きながらも、ゆっくりと柚月に近づいていく。
美咲
「ねえ、本当に発表会に出るの?」
柚月は少しうつむきながら答える。
柚月
「…うん。出るよ。」
美咲
「すごいね。私だったら、そんなにたくさんの人の前で弾くなんて無理だと思う。」
その言葉に、柚月は少し驚いて顔を上げた。美咲の声には、これまでとは違う柔らかさが感じられた。
美咲(少し照れたように)
「…頑張ってね。」
そう言うと、美咲はすぐに背を向けて、仲間たちのところへ戻っていった。柚月はその背中を見送りながら、小さく「ありがとう」とつぶやく。
家に帰ると、台所では直子が夕飯の準備をしていた。柚月は台所の隅で、母の背中をじっと見つめる。
柚月
「お母さん。」
直子は手を止め、振り返る。
直子
「何?」
柚月は少し緊張しながら口を開く。
柚月
「発表会、きてくれるよね?」
直子は一瞬言葉に詰まり、少し困ったような表情を浮かべる。
直子
「…もちろん。あんたの頑張りを見ないわけにはいかないでしょ。」
柚月はその答えに目を輝かせ、小さくうなずく。
柚月
「ありがとう。私、絶対に頑張る。」
直子は何か言いかけたが、結局何も言わずに鍋の中をかき混ぜる。その背中には、どこか小さな不安と期待が入り混じっているようだった。
その夜、柚月は布団に入りながら、明日の練習と発表会のことを考えていた。心の中にある緊張と不安。それでも、ピアノを弾きたいという気持ちがそれを上回っていることに気づく。
柚月(心の声)
「みんながどう思うか分からない。でも、私の音楽を誰かに届けられたら、それだけでいいんだ。」
窓の外には星が瞬き、遠くから波の音が優しく響いている。
カット:夜空に浮かぶ星々と静かな港町の風景。明日もまた挑戦が続くことを暗示するように、夜の波が静かに岸を叩いている。
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