第11話 挑戦の重さ
発表会まであと1週間となったある日。朝の学校で、柚月は教室の片隅でノートに音符を書き込んでいた。クラスメイトたちは相変わらず彼女を冷たい目で見ていたが、柚月はその視線に気づかないふりをして集中している。
クラスメイトA(ひそひそ声で)
「またあのノート書いてる。あれ、ピアノのやつでしょ?」
クラスメイトB
「そんなのやったって意味ないのにね。家のこと手伝ったほうがいいんじゃない?」
美咲がその会話を聞き、少し考え込んだ表情で柚月に近づいていく。
美咲
「ねえ、柚月。本当に発表会なんて出るの?」
柚月は驚いて顔を上げるが、すぐにノートに目を戻す。
柚月(静かに)
「うん。先生が勧めてくれたし、お母さんも許してくれたから。」
美咲(少し冷たく)
「でも、そんなの誰が見に来るの?町の人だって、柚月がピアノ弾けるなんて知らないよ。」
柚月は一瞬言葉に詰まるが、胸の中の不安を押し込めるようにして答える。
柚月
「それでも、私は弾きたいから。」
美咲は少し苛立ったように、言葉を続ける。
美咲
「ふーん。じゃあ頑張れば?でも、誰も応援なんてしてくれないと思うよ。」
その言葉に、柚月は小さく息をのむ。それでも、彼女は視線を下げたまま答えた。
柚月(小さく)
「それでもいい。」
美咲はその答えに少し戸惑い、何か言いかけたが、結局何も言わずにその場を離れていった。
昼休み、柚月は教室を抜け出し、中庭の隅にあるベンチへと向かった。海風が木々を揺らし、静かな空間に身を置くことで、彼女は自分を落ち着かせようとしていた。
ふと、ポケットから昨日の練習で田辺先生にもらったアドバイスが書かれた紙を取り出し、それをじっと見つめる。
柚月(心の声)
「先生は『音楽は自分を信じることだ』って言ってた。でも、こんな気持ちで弾いたら、誰にも届かないかもしれない…。」
紙を握りしめたまま、柚月は目を閉じた。波の音が遠くから聞こえてくる。彼女は耳を澄ませ、その音に少しだけ慰められるような気がした。
その日の放課後、公民館での練習が始まった。田辺先生が柚月の演奏を真剣に聴いているが、その表情には少しだけ厳しさがある。
田辺
「うーん、今日は少し硬いね。何かあったの?」
柚月は指を止め、黙り込んだ。田辺先生は彼女の様子を見て、少し柔らかい声で続ける。
田辺
「柚月、音楽っていうのはね、自分の気持ちを素直に表現するものなんだ。どんなに上手く弾けても、気持ちがこもっていなければ誰にも伝わらないんだよ。」
柚月はその言葉にハッとし、顔を上げる。
柚月(不安げに)
「でも…私が弾いても、誰も気にしてくれないかもしれない。学校の子たちも、みんな笑ってるし…。発表会に出る意味があるのか分からなくなってきました。」
田辺先生はしばらく黙って彼女を見つめた後、静かに言葉を紡ぐ。
田辺
「君が弾きたいと思う気持ち。それが一番大事なんだよ。誰かのためじゃなく、自分のために弾けばいい。音楽はまず、自分自身を癒すものなんだから。」
その言葉に、柚月は少し目を潤ませた。自分の中に迷いがあっても、それでもピアノを弾きたいという気持ちは確かにあることを思い出した。
夜、自宅に帰ると、台所には直子が椅子に座り、ぼんやりと考え込んでいた。柚月はその様子に少し驚きながら声をかける。
柚月
「お母さん、どうしたの?」
直子は顔を上げて少し苦笑しながら答える。
直子
「ちょっとね。発表会ってどんなものかも分からないし、お母さんが何をしてあげられるのかも分からなくて。」
柚月はその言葉に胸がじんと温かくなるのを感じた。
柚月(小さく微笑んで)
「お母さん、私の曲を聞いてくれたらそれで十分だよ。」
直子はその言葉に一瞬戸惑いながらも、小さく頷いた。
直子
「そう…なら、頑張りなさい。お母さんも見に行くから。」
柚月はその言葉に目を輝かせ、力強く頷いた。
カット:夜空に浮かぶ星々と、港町の静かな風景。波の音が遠くから響き、柚月の心に新たな決意を灯している。
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